「純情な善人」の理不尽な要求
投稿者: lrani2002 投稿日時: 2004/02/03 09:19 投稿番号: [12970 / 44985]
僕は「純情な善人」の理不尽な要求が大嫌いです。
彼らはその動機が善意というだけの理由で、
結果責任を免除されるとでも考えているらしいからです。
例えば、ある要求の理不尽さについて反論したとしても、
「純情な善人」は理ではなくその善意を得意げに語ります。
「私はよかれと思ってお願いしているのです」
「子供達には罪がありません」
「どうしてわかってくれないのですか!」
周囲の人間は、
その理不尽を忍ばなければならないばかりか、
時には一定の理解や感謝さえも求められてしまうという、
とてもヘンな状況におかれます。
理不尽な要求をする純情な善人ほど無責任なものはない、
と僕は思います。
純情な善人というマスクによって欺かれる事がなくなり、
主張自体を事実と照らし合わせ純粋に議論できれば、
これほど素晴らしい事はない、とさえ思っています。
純情な善人の主張を批判をする人間は悪人として扱われ、
その意見の妥当性や事実関係は厳しく問われるか、
あるいは無視や罵りの対象となりがちです。
北朝鮮のような極悪国の悪を指摘することは簡単ですが、
善人や被害者のヅラをした理不尽な要求や、
善人ヅラした日本人にとって不利益な主張を指摘することは、
北朝鮮トピの中で僕は最も楽しいことですね。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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