ペルソナ氏へ(松平容保)
投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/23 19:56 投稿番号: [12283 / 44985]
shamisengai氏は、どうも、日和見された気配。ご貴殿の奮闘、これに期するのみ。(私は、機に乗じることが出来れば、敵前逃亡する)
>孝明天皇の崩御の後、岩倉具視の暗躍などで薩長が明治天皇を
>担いために賊軍にされたときは、精神的にかなり打ちのめされた
>ことと思われる
容保の孫松平勢津子姫が秩父宮の妃と決まった折には、会津では感涙に咽んだらしいですな。「朝敵の娘を皇室に入れる事はあるまい」との反対も、当時の政府内にあったそうですし。
>八重七重さんのお知り合いの方の話しも聞きたいので、また。
pas maljp女史から得た情報のことも話したかったし、例の知り合いに早速連絡を取った。
私:「『鳥羽伏見で敗れた後、大阪城で抗戦し、諸国の動揺を誘いつつ、檄文でも発していれば、恐らく幕府はそう簡単に潰れなかったろう。が、容保は慶喜の豚と一緒に、誰にも告げずに夜間逃亡。所詮貴族のお坊ちゃまだな』との見解については?」
知人:「言いたい者には言わせておけ。会津藩士は、黙して語らない。知っている者は知っている。それのみだ(ちなみにこの者は、大の慶喜嫌い。名前を聞いただけで、唾を吐きたそうな顔をする)」
私:「戊辰戦争に関しても、何もないのか?」
知人:「あれは薩長が悪い。それ以外、何をどう言う必要がある?」
私:「鰯の頭も信心から、という言葉は知っているか?」
知人:「鰯の頭など、信心したことはない」
私:「ほぉ、では聞く。飯盛山の白虎隊記念館に展示されている、『西郷頼母(戊辰戦争当時の、会津藩首席家老)の屋敷の庭石』は、やはり西郷家老の家の庭石に間違いないかね?(誰が確認したのか、と、私は、知人を、折に触れては、からかっている)」
知人:「間違いない」
……彼らには、
「それでも地球は回っている」
ようだ。
これは メッセージ 12217 (perusonanongrata さん)への返信です.
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