閔妃暗殺
投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/22 05:06 投稿番号: [12134 / 44985]
pas maljpさんへ
回答を得ていない故、一応「さん」としておこう。
さて、肩の力を抜いて。(←自らに掛けた言葉)以下は、お喋りであるから、かかるものに付き合っている暇はない、と思し召すなら、看過されたし。また、ではあるが反論したい、とおっしゃるなら(おそらくおっしゃるだろうと思うが)、大歓迎。
閔妃暗殺に関して、私の知人に、このようなことを言った人が居た。
「殺してはいかんだろう。それは、外交ではない。だが、(閔妃は)一切お近付きになりたくない女である」
この件に関し、私は、この言葉に付け加えるものがない。
閔妃が、多くの韓国人からあたかもジャンヌ・ダルクの如く思われている人物であり、一方で、一部では、亡国の妃と呼ばれていることは知っている。この人物をどう評価するかは、朝鮮半島出身者(韓国人・北朝鮮人・在日)に、ひとまずは任せる、と言っておこう。その上で私が言いたいのは、彼女の人物如何に関わらず、「暗殺」したのは、やはり日本外交史上の「汚点」であるということ。
当時、大日本帝国は、李朝体制の朝鮮国(大韓帝国と名乗ったのは、閔妃暗殺より後)と交戦状態にあったわけではない。交戦状態にもない国の王妃を暗殺する、というのは、今日も当時も、外聞のいい話ではないと思う。
この、1895年の乙未事変(閔妃暗殺)が発生した経緯は、大まかには、貴女が12027で「こんな感じだったのだろうと私は思っている」とお書きになった辺りで、ほぼ妥当であろうと思っている。(日本側の当事者にも、「気の良いおっちょこちょい」ばかりではなく、利害計算をした決断者がいると考えるが。また、居てくれねば、私的には困る)
私が感じるのは、「該当者の人物の如何に関わらず」、「一国の主権者の妻を暗殺した主犯」として、「他国の公使(三浦梧桜)」が指名されていることに対する、その公使の出身国の人間としての不満だ。
歴史に対する仮定という、上滑りかも知れぬ行為を敢えて自らに許し、言おう。おそらく閔妃自身は、影響力を封じられるべき人物だったろう、日本にとっても、そして多分、李朝体制の朝鮮国にとっても。だが、日本が「助太刀」するにせよ、「黒幕」となるにせよ、その方法は、閔妃を王后の位から下ろし、代わりに高宗の他の側室を王后の位に冊報し直させ、閔妃自体は宮中追放の上、某所に監禁、というところがもっとも適当だったと判断する。(その後、追放先で、閔妃がそれまでの行いに対して相応しい処遇を李朝の民自身から受けたとしても、それは日本人の知ったことではないから、私は拘らない)
以上書いたような経緯であったとしても、十分内政干渉ではないか、と李氏あたりから抗議を受けるのは覚悟している。だが、当時の日本にも利害がある以上、このラインまでは、日本国民として、
「当時の国際状況から見て、日本の関係者も、そうせざるを得なかったのでしょう。日本人としては、先人の決断を今日の基準で弾劾しようとは思いませんね」
と、公言できる。しかし、「暗殺」となると、いささか歯切れの悪い表現にならざるを得ないのだ、私自身は。(おそらく、先の知人も)そして、この歯切れの悪さを、なによりも、日本公使であった三浦梧桜と彼の上官である当時の外務省幹部に対し、私は怒る。
外交には、良心は要らないが、センスは要る、と私は思っている。(私は、ね)そして、閔妃の暗殺は、私的にはセンスが悪いのだ。
貴女が言われる「気の良いおっちょこちょいな奴」の背後には、大日本帝国政府とその国民がいたのであり、私は、その日本国民に対し、三浦梧桜と上官たる当時の外務省幹部は謝罪すべきと思う。加えて言うなら、子孫たる、現在の日本国民にも。(一私人である安重根が、伊藤博文を暗殺したのとは、背後に負うものが違うのだ)
韓国等々から寄せられる「閔妃暗殺」の非難に対しては、むしろ私は冷淡で、
「ご貴殿方のお国にとっては、あれは、同国人も関与した、乙未事変という、一つのクーデターでしょう。ただ、『暗殺』はいけませんな」
と突き放している。
等々というのが、このyaenanae01の考え。如何思し召しますか? (まあ、閔妃を暗殺までせねばならぬと思いつめた背景には、李朝の国民側・日本側、酌量せねばならぬ事情があったことは、承知している)
付記:
それにしても、12027での貴女の文体は、その他のご投稿とは全く異なった趣でしたな。拝読しながら、私は大笑いしたものだ。いったいどうされたのかな?
回答を得ていない故、一応「さん」としておこう。
さて、肩の力を抜いて。(←自らに掛けた言葉)以下は、お喋りであるから、かかるものに付き合っている暇はない、と思し召すなら、看過されたし。また、ではあるが反論したい、とおっしゃるなら(おそらくおっしゃるだろうと思うが)、大歓迎。
閔妃暗殺に関して、私の知人に、このようなことを言った人が居た。
「殺してはいかんだろう。それは、外交ではない。だが、(閔妃は)一切お近付きになりたくない女である」
この件に関し、私は、この言葉に付け加えるものがない。
閔妃が、多くの韓国人からあたかもジャンヌ・ダルクの如く思われている人物であり、一方で、一部では、亡国の妃と呼ばれていることは知っている。この人物をどう評価するかは、朝鮮半島出身者(韓国人・北朝鮮人・在日)に、ひとまずは任せる、と言っておこう。その上で私が言いたいのは、彼女の人物如何に関わらず、「暗殺」したのは、やはり日本外交史上の「汚点」であるということ。
当時、大日本帝国は、李朝体制の朝鮮国(大韓帝国と名乗ったのは、閔妃暗殺より後)と交戦状態にあったわけではない。交戦状態にもない国の王妃を暗殺する、というのは、今日も当時も、外聞のいい話ではないと思う。
この、1895年の乙未事変(閔妃暗殺)が発生した経緯は、大まかには、貴女が12027で「こんな感じだったのだろうと私は思っている」とお書きになった辺りで、ほぼ妥当であろうと思っている。(日本側の当事者にも、「気の良いおっちょこちょい」ばかりではなく、利害計算をした決断者がいると考えるが。また、居てくれねば、私的には困る)
私が感じるのは、「該当者の人物の如何に関わらず」、「一国の主権者の妻を暗殺した主犯」として、「他国の公使(三浦梧桜)」が指名されていることに対する、その公使の出身国の人間としての不満だ。
歴史に対する仮定という、上滑りかも知れぬ行為を敢えて自らに許し、言おう。おそらく閔妃自身は、影響力を封じられるべき人物だったろう、日本にとっても、そして多分、李朝体制の朝鮮国にとっても。だが、日本が「助太刀」するにせよ、「黒幕」となるにせよ、その方法は、閔妃を王后の位から下ろし、代わりに高宗の他の側室を王后の位に冊報し直させ、閔妃自体は宮中追放の上、某所に監禁、というところがもっとも適当だったと判断する。(その後、追放先で、閔妃がそれまでの行いに対して相応しい処遇を李朝の民自身から受けたとしても、それは日本人の知ったことではないから、私は拘らない)
以上書いたような経緯であったとしても、十分内政干渉ではないか、と李氏あたりから抗議を受けるのは覚悟している。だが、当時の日本にも利害がある以上、このラインまでは、日本国民として、
「当時の国際状況から見て、日本の関係者も、そうせざるを得なかったのでしょう。日本人としては、先人の決断を今日の基準で弾劾しようとは思いませんね」
と、公言できる。しかし、「暗殺」となると、いささか歯切れの悪い表現にならざるを得ないのだ、私自身は。(おそらく、先の知人も)そして、この歯切れの悪さを、なによりも、日本公使であった三浦梧桜と彼の上官である当時の外務省幹部に対し、私は怒る。
外交には、良心は要らないが、センスは要る、と私は思っている。(私は、ね)そして、閔妃の暗殺は、私的にはセンスが悪いのだ。
貴女が言われる「気の良いおっちょこちょいな奴」の背後には、大日本帝国政府とその国民がいたのであり、私は、その日本国民に対し、三浦梧桜と上官たる当時の外務省幹部は謝罪すべきと思う。加えて言うなら、子孫たる、現在の日本国民にも。(一私人である安重根が、伊藤博文を暗殺したのとは、背後に負うものが違うのだ)
韓国等々から寄せられる「閔妃暗殺」の非難に対しては、むしろ私は冷淡で、
「ご貴殿方のお国にとっては、あれは、同国人も関与した、乙未事変という、一つのクーデターでしょう。ただ、『暗殺』はいけませんな」
と突き放している。
等々というのが、このyaenanae01の考え。如何思し召しますか? (まあ、閔妃を暗殺までせねばならぬと思いつめた背景には、李朝の国民側・日本側、酌量せねばならぬ事情があったことは、承知している)
付記:
それにしても、12027での貴女の文体は、その他のご投稿とは全く異なった趣でしたな。拝読しながら、私は大笑いしたものだ。いったいどうされたのかな?
これは メッセージ 12027 (pas_maljp さん)への返信です.
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