サンデー女史へ(告白)
投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/18 19:32 投稿番号: [11891 / 44985]
こんばんは。
>”小倉だったかもしれない”と初めて聞いた時、私は北九州に住んでいました。
内心「間一髪;助かった」
>しかし、その「間一髪」で亡くなった人も・・・
多くの方々が、苦しみの果てに亡くなりました。苦しみ、もがいて、亡くなったその方々の躯の上に、今日の私達の生活がある。
私は、サンデー女史が、この「苦しみもがいて亡くなった方々」をしかと受け止めてくださることに、感動を覚えた。だが、その感動こそが、「在日」に対する私の心得違いであろうと、一瞬後には思い直したのだ。
在日もこの日本に暮らしておられ、日本のある土地で起こったことを自らの存在に結び付けておられるのは、当然。そして、その「当然さ」こそ、サンデー女史が終始訴えておられたことだ。当然なことを当然と思った女史に、殊更な感慨を持つことこそが、翻って、この私の浅はかさであろう。
私と同程度、もしくはそれ以上に浅はかな御仁を、昨今ちらほら拝見するが。
これは メッセージ 11791 (sunday7227 さん)への返信です.
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