北朝鮮

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責任範囲(2)

投稿者: yaenanae01 投稿日時: 2004/01/17 20:57 投稿番号: [11788 / 44985]
  個人が、その属する集団が為した行為を、どこまで背負うべきか、あるいは相手方へ追求することがどこまで出来るのか。
  先にも見解を投稿したが、もう一度投稿しておきたい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040117-00001040-mai-int

>最新号のパリ・マッチによると、サルコジ氏は今月9日、香港での食事会の席上、「率直に言って、日本よりも中国の方が好きだ」と発言。「香港は魅惑的な都市だが、東京は違う。東京は息が詰まる。京都も何が人々の感嘆を呼ぶのか理解できない。御所もうらぶれているように映る」と日本の都市をこきおろした。

>   さらに「ちょうど相撲のようなものだ。ポマードでまげを結った太っちょの格闘技なぞにどうして魅了されることができるのだろう。相撲は知的なスポーツではない」と日本批判をエスカレートさせたという。大の相撲ファンのシラク氏を意識した発言なのは明らかだ。

  以上のような場合、日本国民は、サルコジ内相個人を、ではなく、フランス国民個々人を、どこまで批判できるのだ?   サルコジ氏は、内相という公人だ。そして以上の文面通りとすれば、「自分は、『相撲は知的なスポーツではない』と思う」、とは言っていない。相撲は知的なスポーツではない、と断定しているのだ。(もちろん、フランス語本文は、断定的なものではないかもしれない。私はフランス語にはまったく心得がないし、この点は保留しておく。しかし、たとえ断定的なものでなくとも、公人が口にするには、品の良い言葉ではない)

  サルコジ氏なる人物に内相の地位を与えているのは、究極的には、フランス国民の責任だ。ならば、この、自国の内相が、他国が「国技」としているスポーツに対して加えた論評の責任を、個々のフランス人は、どうやって該当国に果たせばよいのだ?

  私がフランス人であれば、自分自身のすもう(や日本)に対する見解を、質問者たる日本人に真摯に説明し、上記の意見は、たとえ内相たる公人であっても、サルコジなる一個人の見解に過ぎない、という他に術は持たない。(サルコジ氏が、日本文化やすもうに、個人として好意的であろうとなかろうと、それはサルコジ氏一人の問題だ)

  ある個人に、その人の属する集団(職場・自治体・国家・民族)が「その集団」としてなした行為の責任を追求するという姿勢は、あって当然だ。だが、相手方も、個人として果たせる責任には限界がある。
  その限界を理解することは、質問者側に課せられた礼儀であり、品性と思う。質問する際には、自らの混乱は避けるべきだ。

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