平和は核で
投稿者: prsdt80 投稿日時: 2005/07/29 10:19 投稿番号: [6835 / 43252]
こんにちは。
一時前の日本人なら貴殿のように身内が被爆された方を中心に「非核」を訴えてこられた。僕自身も写真等での擬似体験程度しかしていませんが、核の悲劇は大変なものです。まして直接体験なさった方のご心痛や負担は同じ日本人でも体験者でない限り簡単に察することなどおこがましい位だと思っています。
僕達は貴殿をはじめとする被爆者の方が
「こんな悲劇は私達以外あってはならない」
と言う言葉で「非核」に同調してきました。しかし昨今のテロ等の言い分は「やられたからやれ」と言うものです。一理あるとは思うのですが、日本の被爆者の方の行動は明確に
「負の連鎖を断ち切る」
行動です。僕達はある種当然のように思っていましたが、確かにそれが疑似体験であるからこそ「簡単」に非核を唱えたのであり、被爆者方やその後家族の無念・怒りは計り知れない事です。そしてそれは少なくとも現在の人類では最大の寛容の精神ではないでしょうか?
そんな貴重な意思を世界は認めませんでした。
確かに核兵器で平和を作るなど、被爆者の方でなくとも「愚かな行為」と断罪されてしまうでしょう。しかし現実には、その核を利用して独裁国家が延命を図ろうとしています。
中国は援助してくれる相手(日本)に核を向けて平然と謝罪まで要求しています。
僕達日本人は平和を作るために、被爆者の無念・怒りを無視し、その上憲法9条において防衛手段すら自縛し「平和は白旗の下にこそ齎される」とやってきました。
武装していないことを良い事に、北朝鮮は日本国内で拉致や不法送金を行い闘争しても日本の海上防衛は発砲できないことを利用してどれだけ日本人から搾取してきたのでしょう。それを過去の戦争賠償と混在させ正当化する。それでは日本は、僕達は永遠に「平和」は訪れないのです。
【玄関に鍵を〜】
の部分ですが、本当は鍵があってもなくても他人のものに手を出すことは「いけないこと」です。それを鍵をかけてこなかった僕達に落ち度があると、ここでも日本人の気質が相手に利用されてしまう現実。
愚かで情けないことですが、世界の人たちに問いたい。日本人は核攻撃で非戦闘員を大量に殺戮されても、その時点でもそして今も「戦争の代償」として耐え難き耐えてきました。さらに「泥棒にも理」の精神で憲法9条を盾に北朝鮮・中国と接してきました。
【それでも拉致被害者を帰せ、と言う日本の主張が議題にも上がらないのは日本人を人として認めないのですか?それは何をしても反撃しないと言うことが前提とするのなら、僕達日本人は国家としてまた人類共通の生存権確保のため、貴方達の理論で自衛の手段を講じます。】
耐えました。お金も払いました。謝罪もしてきました。犠牲者も出してしまいました。そしてその犠牲者は今も耐え続けています。
被爆者の方達が無念を押し殺して訴えてきた非核ですが、同じ日本人として恥ずかしいのですが、戦後60年僕達は非核では平和を守れない弱い国家になってしまったようです。
勇気と信念と寛容の精神を持って国を守った諸先輩達方、日本国に核武装の許可をいただきたいと思います。
一時前の日本人なら貴殿のように身内が被爆された方を中心に「非核」を訴えてこられた。僕自身も写真等での擬似体験程度しかしていませんが、核の悲劇は大変なものです。まして直接体験なさった方のご心痛や負担は同じ日本人でも体験者でない限り簡単に察することなどおこがましい位だと思っています。
僕達は貴殿をはじめとする被爆者の方が
「こんな悲劇は私達以外あってはならない」
と言う言葉で「非核」に同調してきました。しかし昨今のテロ等の言い分は「やられたからやれ」と言うものです。一理あるとは思うのですが、日本の被爆者の方の行動は明確に
「負の連鎖を断ち切る」
行動です。僕達はある種当然のように思っていましたが、確かにそれが疑似体験であるからこそ「簡単」に非核を唱えたのであり、被爆者方やその後家族の無念・怒りは計り知れない事です。そしてそれは少なくとも現在の人類では最大の寛容の精神ではないでしょうか?
そんな貴重な意思を世界は認めませんでした。
確かに核兵器で平和を作るなど、被爆者の方でなくとも「愚かな行為」と断罪されてしまうでしょう。しかし現実には、その核を利用して独裁国家が延命を図ろうとしています。
中国は援助してくれる相手(日本)に核を向けて平然と謝罪まで要求しています。
僕達日本人は平和を作るために、被爆者の無念・怒りを無視し、その上憲法9条において防衛手段すら自縛し「平和は白旗の下にこそ齎される」とやってきました。
武装していないことを良い事に、北朝鮮は日本国内で拉致や不法送金を行い闘争しても日本の海上防衛は発砲できないことを利用してどれだけ日本人から搾取してきたのでしょう。それを過去の戦争賠償と混在させ正当化する。それでは日本は、僕達は永遠に「平和」は訪れないのです。
【玄関に鍵を〜】
の部分ですが、本当は鍵があってもなくても他人のものに手を出すことは「いけないこと」です。それを鍵をかけてこなかった僕達に落ち度があると、ここでも日本人の気質が相手に利用されてしまう現実。
愚かで情けないことですが、世界の人たちに問いたい。日本人は核攻撃で非戦闘員を大量に殺戮されても、その時点でもそして今も「戦争の代償」として耐え難き耐えてきました。さらに「泥棒にも理」の精神で憲法9条を盾に北朝鮮・中国と接してきました。
【それでも拉致被害者を帰せ、と言う日本の主張が議題にも上がらないのは日本人を人として認めないのですか?それは何をしても反撃しないと言うことが前提とするのなら、僕達日本人は国家としてまた人類共通の生存権確保のため、貴方達の理論で自衛の手段を講じます。】
耐えました。お金も払いました。謝罪もしてきました。犠牲者も出してしまいました。そしてその犠牲者は今も耐え続けています。
被爆者の方達が無念を押し殺して訴えてきた非核ですが、同じ日本人として恥ずかしいのですが、戦後60年僕達は非核では平和を守れない弱い国家になってしまったようです。
勇気と信念と寛容の精神を持って国を守った諸先輩達方、日本国に核武装の許可をいただきたいと思います。
これは メッセージ 6830 (npfh5365 さん)への返信です.
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