北朝鮮核開発問題

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対韓国近代史

投稿者: kayryo58 投稿日時: 2005/03/02 15:55 投稿番号: [5048 / 43252]
  一九一〇年、日本は韓国を併合した。
その歴史的経緯の小断片を紹介するのにこのサイトが適当かどうかは別としてここに触りを述べる。一九世紀後葉、高麗王朝後の李氏朝鮮は五百年の安穏の眠りの中にいた。

  欧米列強の艦船が相次いで来航しては通商を求めたが、華夷秩序(中国を世界の中心とする考え方)を固守し鎖国攘夷政策をとっていた朝鮮国朝廷はこれを断り、フランス、米国と事を構えるに至った。

  「洋夷」を「撃退」したのが日本と違ってこの国の不幸の始まりであった。一八六六年、七隻のフランス艦隊が江華島沖に来航して通商を迫ったが朝廷はこれを拒絶したので陸戦隊が上陸し戦闘となった。フランス軍は多数の死者を出して退去した。同年、ロジャーズ提督率いる米国艦隊五隻がやはり江華島に迫り草芝鎮、徳津鎮を占領したが朝鮮軍の反撃で侵攻を断念した。米国は南北戦争とその事後処理に追われていたしフランスはインドシナの経略に力を費やしていた。しかして国力を傾けてまで朝鮮開国を性急にせまる必要性も当面はなかったのである。

  大航海時代を経て世界史は列強による植民地分割の局面に入るのだが、デビューを果たさんとしていた日本帝国にとって、南下(シベリア鉄道建設)するロシアはその存亡を脅かす存在であった。

  はじめ日本は、徳川幕府との礼節と友好の関係にあった友邦朝鮮国に自国のような近代化を望み、その為のバックアップに熱心であった。それは地政学的に日本の利益と合致するものであったからである。そのように当時日本は朝鮮に対し善意の隣国であった。

  朝鮮では金玉均ら若手官僚を中心に開化派が台頭し福沢諭吉などと親交を結ぶほか井上馨など政府高官とも意を同じくしていた。

  朝鮮国が開国を拒み続け列強の侵攻をまねけば、どこか西洋の国の植民地となってしまう。日本としては朝鮮国の国際社会入りは切実な願いであった。
しかし山縣有朋が首相になる頃(「利益線論」)から日本は豹変してくる。つまり開国への手続きが遅遅と進まない中で悶々とする朝鮮を手中に収めてしまおう、という野望の誘惑に日本はかられるのである。
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