プロレタリアート執権
投稿者: oixkozo 投稿日時: 2003/05/08 05:45 投稿番号: [232 / 43252]
「プロレタリア」と言う概念は、工場労働者という意味を含意している。
その点では、どう見ても、プロレタリアは、社会の中心勢力になるとは考えられない。
また、この概念は党官僚に拘束された人間というイメージを、スターリンによって作られた。
ひどいもんだね、工場では資本家に散々苦しめられ、工場外では党官僚に苦しめられる。
これじゃ、益々、元気が無くなる。
今日では、労働の雇用形態も多様化して、ソーホーみたいなものも出てくる。
資本家と労働者の境界線すら、あいまいになりつつある。
「労働者」とは何か、「プロレタリアート」とは何か、等と議論しても、何の価値も無い。
ただ、知的な労働も含めて、労働力を売って暮らしている労働者が、先進国では、大多数だ。
このような国では、民主主義以上の何が必要なんだろう?
ある者は市場経済だから資本主義、帝国主義、社会民主主義だ。
ある経済学者は、日本は共産主義国だというものもいる。
俺なんかは、中身が無いから、すぐなるほどと思っちゃう。
なんだっていいじゃないか、皆好きなように解釈すればよい。
ただ、日本は島国根性を捨てて、他の国と、とりわけ、アジアと交わらなくては、
世界の加速度的な一体化の動きから、孤立するような気がする。
まあ、のんびり、我道を行くというのも悪くは無いが。
これは メッセージ 231 (kusukusu552000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/kldabaaf3k3abhafldbj_1/232.html