絶望的な現状。
投稿者: rikudamasii1192 投稿日時: 2003/09/06 21:31 投稿番号: [1604 / 43252]
明治国家は大きな装置として様々な軋轢をもたらしました。
日比谷焼き討ちの時に当時の指導者は有る種の絶望感を持ったでしょうが、それをうまく生かせなかった。その後の戦術的叉は戦略的失敗はご見識からも語らずもがなでしよう。
そして、戦後ある意味日本人は「反省」しますが、それはちっとも生かされていない。理論では無く、感情的なトラウマと言っていい反省だったからです。それを相手に付け込まれている。
例えば「戦争」はいけない。と、すぐにそう言う意見が出る。
だから「回避する方法」「危機管理」「やるなら勝つ方法」等は、ほとんど議論されないし、もしやると「左派」を中心にバッシングがおこる。定見のないマスコミがひたすら表面だけを叩く。
「戦争」は出来たら避けたい。しかし、究極は「外交」の一手段に過ぎない事をもうそろそろ気付くべきではないですか?
歴史を見れば今さら良くないも糞も無い。
高価で複雑すぎる通常兵器、過熱の問題や専門工具の多さなんか語られない。第二時大戦でも同じ事をやった。ノモンハンもシベリアも教訓としてほとんど役に立たなかった。
そう言う反省なら幾らでもするべきなのにね。
哀話と語られるからには、かなり感傷的な方と判断しますが、そのあまりに「相手の立場」へとシフトし過ぎる姿勢は、ある意味日本人の悪い癖です。いい部分でも有るのですが、たちの悪い相手には付け込まれる要素だと思います。
半島の人の「これまでこれでいけたから」という姿勢から、問題がこのまま潜在化・悪化する事で、関東大震災の時のような事がおこりかねないと言う事を危惧します。
また、随時増え続ける日本人犠牲者も黙視できない。このままだと必ず日本人は暴発します。
出来れば自分達でかたをつけてほしいんですが・・・・。
これは メッセージ 1602 (fujinohigumajp さん)への返信です.
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