日本人の汚い根性 2
投稿者: kanewatenkano 投稿日時: 2006/10/20 00:31 投稿番号: [13358 / 43252]
(続き)
今から、20年も前のことであるが、ロスアンゼルスで永く暮らして来た或る日本人から、私は次のような話を聞かされた。
当時は米国の移民法がやかましい時代で、カリフォルニヤ付近の日本人の農民が四苦八苦していたものであった。日本人たちは良き野菜をつくり、良き果物をつくり、それによってロスアンゼルスの市場では他国人の農民の嫉妬をうけ、そのために一層きびしい移民法を制定せられ、活動を禁じられていたものである。農民はそのきびしい法網をようやくの思いでくぐりながら、営々として仕事をやっていた。
ところがそのなかで、いくらでも巧く立ち廻って景気の良い人があると、付近の農場にいる同じ日本人農民が、警察に密告したものである。(Aという男は他人名義で、肥料を買っている。)(Bという男はたった二歳の子供の名義で土地を所有し、それを自分が耕作している。)等々、当時の法律で許されないところを一々とり立てて密告したというのである。法網をくぐるような事でもしなくては日本人農民は仕事ができなかったのだ。
訴えられた警察は却って首をかしげて、
「日本人というのは不思議な人種だ。自分の国の人間を密告してくる」と言っていたそうである。
ロサンゼルスの街で、同じ移民法の適用をうけていた中国人たちは、1人が移民として入国すると、彼は街で料理屋をひらく。するとそのあとから、妻だ子だ従弟だ、従姉だ、義兄だ、叔母だという風な名目をつけて、ぞろぞろと何人でもはいって来る。それがみな協力して店をもり立てて、支店を出し、見る見るうちにその街に根を張ってしまう。それがロスアンゼルスだけではなく、サンフランシスコでも、ニューヨークでも、乃至はシンガポールやジャワ方面でも、同じやり方であった。日本人はまたロスアンゼルスだけでなく、ブラジルでもアルゼンチンでも、すべての場所で密告の競争をやり、相手を叩きつぶすことに懸命で、いつまで経ってもその土地に根をおろし、はびこって行くことが出来なかったというのは、定説になっている。
他人の成功をうらやみそねむ、この汚い根性は日本人の昔から持っていた国民性であるのだろうか。これが嘗ては東洋の君子国といわれた日本人の、成れの果ての姿であろうか。
隣の百姓が良い米を作ったからと言って、それで自分が損をする訳ではない。自分の米は自分の米の値段で、ちゃんと売れるのだ。隣の人の収穫がねたましくなるというのは、一応の人情であるかも知れない。しかし、そういう愚劣な、汚い、みにくい感情を押さえてて、自分は自分の道を歩み、自分の生活を立て、敢えて他人に迷惑をかけないというのが、社会人として必要な道徳であり、またこれが、独立した1個の人格というものであろう。その点に於いて、日本人は大いに欠くるところがある。精神年齢に於いて未成年者であり、精神的成長は12歳ぐらいだと言われても致し方ないところがある。
戦争中には陸軍と海軍が功名を争い、相手の成果を嫉妬し、あらゆる醜悪な暗闘をくりかえし、心ある者をして(日本を亡ぼすものはアメリカに非ず、実に日本の陸海軍である)と歎ぜしめたものであった。
昔のことばかりではない。この汚い根性は戦後の今日もなお厳として残っている。あるいは生活が苦しい為に一層汚い気持ちが強くなっているかも知れない。
今から、20年も前のことであるが、ロスアンゼルスで永く暮らして来た或る日本人から、私は次のような話を聞かされた。
当時は米国の移民法がやかましい時代で、カリフォルニヤ付近の日本人の農民が四苦八苦していたものであった。日本人たちは良き野菜をつくり、良き果物をつくり、それによってロスアンゼルスの市場では他国人の農民の嫉妬をうけ、そのために一層きびしい移民法を制定せられ、活動を禁じられていたものである。農民はそのきびしい法網をようやくの思いでくぐりながら、営々として仕事をやっていた。
ところがそのなかで、いくらでも巧く立ち廻って景気の良い人があると、付近の農場にいる同じ日本人農民が、警察に密告したものである。(Aという男は他人名義で、肥料を買っている。)(Bという男はたった二歳の子供の名義で土地を所有し、それを自分が耕作している。)等々、当時の法律で許されないところを一々とり立てて密告したというのである。法網をくぐるような事でもしなくては日本人農民は仕事ができなかったのだ。
訴えられた警察は却って首をかしげて、
「日本人というのは不思議な人種だ。自分の国の人間を密告してくる」と言っていたそうである。
ロサンゼルスの街で、同じ移民法の適用をうけていた中国人たちは、1人が移民として入国すると、彼は街で料理屋をひらく。するとそのあとから、妻だ子だ従弟だ、従姉だ、義兄だ、叔母だという風な名目をつけて、ぞろぞろと何人でもはいって来る。それがみな協力して店をもり立てて、支店を出し、見る見るうちにその街に根を張ってしまう。それがロスアンゼルスだけではなく、サンフランシスコでも、ニューヨークでも、乃至はシンガポールやジャワ方面でも、同じやり方であった。日本人はまたロスアンゼルスだけでなく、ブラジルでもアルゼンチンでも、すべての場所で密告の競争をやり、相手を叩きつぶすことに懸命で、いつまで経ってもその土地に根をおろし、はびこって行くことが出来なかったというのは、定説になっている。
他人の成功をうらやみそねむ、この汚い根性は日本人の昔から持っていた国民性であるのだろうか。これが嘗ては東洋の君子国といわれた日本人の、成れの果ての姿であろうか。
隣の百姓が良い米を作ったからと言って、それで自分が損をする訳ではない。自分の米は自分の米の値段で、ちゃんと売れるのだ。隣の人の収穫がねたましくなるというのは、一応の人情であるかも知れない。しかし、そういう愚劣な、汚い、みにくい感情を押さえてて、自分は自分の道を歩み、自分の生活を立て、敢えて他人に迷惑をかけないというのが、社会人として必要な道徳であり、またこれが、独立した1個の人格というものであろう。その点に於いて、日本人は大いに欠くるところがある。精神年齢に於いて未成年者であり、精神的成長は12歳ぐらいだと言われても致し方ないところがある。
戦争中には陸軍と海軍が功名を争い、相手の成果を嫉妬し、あらゆる醜悪な暗闘をくりかえし、心ある者をして(日本を亡ぼすものはアメリカに非ず、実に日本の陸海軍である)と歎ぜしめたものであった。
昔のことばかりではない。この汚い根性は戦後の今日もなお厳として残っている。あるいは生活が苦しい為に一層汚い気持ちが強くなっているかも知れない。
これは メッセージ 13356 (kanewatenkano さん)への返信です.
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