戦争の抑止力としての『民族意識の共有』
投稿者: zisenn 投稿日時: 2005/03/01 03:55 投稿番号: [60 / 265]
今まで、第二の朝鮮戦争を防ぐための安全保障上の議論は多々なされて来た。しかし、『民族意識の共有』という観点から戦争の抑止を検討してみるのもひとつの考えではないかと思う。
前回の朝鮮戦争においては代理戦争という形であったにしても、南北の朝鮮人は互いに容赦なく攻撃しあった。これは、彼らが未だ民族意識を共有していなかったことが、戦争の悲惨さをエスカレートさせた一因だったように思う。
そういった議論を踏まえて考えた場合、韓国と北朝鮮との間の「民族意識の共有」をより一層強めることが、戦争の抑止力として機能すると考えることは出来ないだろうか。
韓国では金大中大統領の太陽政策以降、国家教育の中で国民に「北との同民族意識」を植付け、北が攻撃対象ではないことを教え込んできた。
一方、北朝鮮では、その貧しさから国民の一部にしか義務教育が普及しておらず、従って韓国との同族意識が全国民に充分刷り込まれているとは言い難い。しかも、北の教育における「民族意識の共有」は、北が朝鮮半島を統一する正当性の裏付けとしての意味合いが強い。
このような状況下にある現在、韓国政府は「民族教育の共有」を北に働きかけてみてはどうだろうか。少なくとも朝鮮戦争よりも前までの歴史であれば、教科書の共有その他の手段を通じて歴史教育を共有することが可能だと思う。そのための設備や資金・教材の提供を北への支援に新たに加えてはどうか。
言い換えれば、韓国は、「北との民族意識の共有」を戦争の抑止力として戦略的に位置付けるべきだと思う。
とは言え、実際には韓国にこのような思考を求めることは無理だろう。なぜなら韓国人は自らの民族意識がどのような過程で形成されたのかを客観的に把握することが出来ないから。
彼らはたった数十年前に刷り込まれた自らの民族意識が、半万年も前から続いてきたものだと信じ込んでおり、自らの歴史的な位置付けを俯瞰してみることが出来ない・・・・・・
これは メッセージ 58 (zisenn さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/fnkldabaaf4x78_1/60.html