金九はそれまでは嘘をついていたが
投稿者: bremenangelheart 投稿日時: 2005/04/11 12:38 投稿番号: [9365 / 85019]
言えなくなった、が正しいでしょう。
重慶にいて、朝鮮人が少なかった頃は、『日本の将校を何人も殺した。戦った。抗日した云々』といっていたが、
終戦直後、満州などから、行き場がなくなった満州国軍の朝鮮将兵が多数収用された(戦勝国ではないし、かといって、急に、日本兵とも認めないのでしようがない)ので、戦ったことは一度もないことを彼らが知っていたため。
その中に朴正熙がいた。
朴正熙は、そういった見え透いた嘘がイヤで生涯金九らを軽蔑した。
金九は、結局、中国からも何もしてこなかったと認定され、結局、一民間人として、重慶から難民列車で帰国した。
その時、収用されていた将兵には何も言わず、逃げ帰ってしまったので、朴正熙らはさらに困窮した、と朴正熙が証言している。
朴正熙ら、将兵は数ヶ月後、単なる戦争難民として、列車、難民用上陸用舟艇などで、一ヶ月もかけて、難民として、ようやく帰国できた。
金九も、朴正熙も、中国共産党が入り込んだ満州は、日本側についていた朝鮮人への報復が続いていたので、そこを通れず、帰国困難の理由ともなった。
朴正熙は生涯、李承晩や、金九など、自称だけの民族派、抗日派を嫌った。
こういったことからも、いかに朝鮮の自称抗日派が、当時の国民党、中国共産党、ソ連から馬鹿にされていたかが、よく分かる。
これは メッセージ 9353 (piaecayce さん)への返信です.
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