お前たち:悪事の原点ルートだ(1)
投稿者: dosakoiushi 投稿日時: 2009/02/08 17:44 投稿番号: [81789 / 85019]
悪事の原点をコピペしておく。
“謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ? 浮かび上がる拉致の「点と線」
2月8日14時13分配信 産経新聞
拡大写真
疑惑の「大町ルート」(写真:産経新聞)
http://ca.c.yimg.jp/news/20090208141331/img.news.yahoo.co.jp/images/20090208/san/20090208-00000530-san-soci-thum-000.jpg
「大町ルート」。北朝鮮による拉致被害者を調べている「特定失踪者問題調査会」(荒木和博代表)が目を付ける不思議な道筋がある。千葉から、東京や埼玉、長野を経て日本海へと抜ける、かつて在日朝鮮人らが多く使っていた物流ルートのことだ。「失踪者が消息を絶った現場を地図上に落とすと、奇妙にも多くがルート上に重なる」(調査会)。終点は北朝鮮工作員の上陸ポイントが多数設定されていた日本海沿岸。この“点と線”は何を物語っているのか…。
■太平洋側から失踪の謎…失踪者の3割がルート上
昭和37年4月、千葉県海上町(現旭市)の自宅から美容院に出かけたまま行方不明となった家事手伝い、加瀬テル子さん=失跡当時(17)=は、調査会が「拉致濃厚」とする失踪者だ。翌日には新宿コマ劇場へ観劇へ行く約束を叔母としていたといい、失踪時の所持金はパーマ代のみだった。
加瀬さんのほかにも、周辺では6件の失踪事案(未届も含む)があったことが調査会の調べで判明している。
だが、仮にこれらの失跡事案が拉致事件だとしても、海上交通量が多い太平洋側に、工作船が近づくことは事件発覚のリスクを伴う。そこで、調査会が立てた仮説が「太平洋側で拉致し、日本海側まで陸路で運ばれたとすれば、どのようなルートか」だった。
ヒントは、現地での聞き込み調査でみつかった。
「ここは水あめの産地で、在日朝鮮人の人々が多く従事していたんですよ」
現地調査の際、地元住民はこう説明したという。水あめは焼酎の味付けのため、日本海側から北朝鮮へ輸出されていた。そして、それらを日本海側まで運んだルートが「大町ルート」だった。
千葉を起点に東京や埼玉、山梨、ルート名ともなった長野・大町を経て、糸魚川付近で新潟、富山に分かれる。
新潟港は北朝鮮の貨客船、万景峰号が入港していたことで知られ、富山の氷見港にも、北朝鮮との間を往復する貨物船が頻繁に出入りしていた。
調査会の真鍋貞樹副代表は「(『大町ルート』を使って)新潟、富山の在日朝鮮人が食肉や海産物などを車で運んでいた。ルート周辺には在日の人々が多く居住する地域もあり、大切なルートだっだ」と解説する。
北陸から新潟にかけての日本海側には、工作員の上陸ポイントが多数設定されていた。
「そこには工作員をかくまったりする『土台人』と呼ばれる協力者がいたはずだ」。拉致問題に取り組む関係者はそう指摘する。
在日朝鮮人らの中で工作員に目をつけられた人々が、北朝鮮にいる親族の安全と引き換えに工作活動への協力を強要されたことは、これまでの拉致事件の捜査や韓国での公判の内容で明らかになっている。
在日成り済ましくん??
“謎のルート”で工作船の待つ日本海側へ? 浮かび上がる拉致の「点と線」
2月8日14時13分配信 産経新聞
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疑惑の「大町ルート」(写真:産経新聞)
http://ca.c.yimg.jp/news/20090208141331/img.news.yahoo.co.jp/images/20090208/san/20090208-00000530-san-soci-thum-000.jpg
「大町ルート」。北朝鮮による拉致被害者を調べている「特定失踪者問題調査会」(荒木和博代表)が目を付ける不思議な道筋がある。千葉から、東京や埼玉、長野を経て日本海へと抜ける、かつて在日朝鮮人らが多く使っていた物流ルートのことだ。「失踪者が消息を絶った現場を地図上に落とすと、奇妙にも多くがルート上に重なる」(調査会)。終点は北朝鮮工作員の上陸ポイントが多数設定されていた日本海沿岸。この“点と線”は何を物語っているのか…。
■太平洋側から失踪の謎…失踪者の3割がルート上
昭和37年4月、千葉県海上町(現旭市)の自宅から美容院に出かけたまま行方不明となった家事手伝い、加瀬テル子さん=失跡当時(17)=は、調査会が「拉致濃厚」とする失踪者だ。翌日には新宿コマ劇場へ観劇へ行く約束を叔母としていたといい、失踪時の所持金はパーマ代のみだった。
加瀬さんのほかにも、周辺では6件の失踪事案(未届も含む)があったことが調査会の調べで判明している。
だが、仮にこれらの失跡事案が拉致事件だとしても、海上交通量が多い太平洋側に、工作船が近づくことは事件発覚のリスクを伴う。そこで、調査会が立てた仮説が「太平洋側で拉致し、日本海側まで陸路で運ばれたとすれば、どのようなルートか」だった。
ヒントは、現地での聞き込み調査でみつかった。
「ここは水あめの産地で、在日朝鮮人の人々が多く従事していたんですよ」
現地調査の際、地元住民はこう説明したという。水あめは焼酎の味付けのため、日本海側から北朝鮮へ輸出されていた。そして、それらを日本海側まで運んだルートが「大町ルート」だった。
千葉を起点に東京や埼玉、山梨、ルート名ともなった長野・大町を経て、糸魚川付近で新潟、富山に分かれる。
新潟港は北朝鮮の貨客船、万景峰号が入港していたことで知られ、富山の氷見港にも、北朝鮮との間を往復する貨物船が頻繁に出入りしていた。
調査会の真鍋貞樹副代表は「(『大町ルート』を使って)新潟、富山の在日朝鮮人が食肉や海産物などを車で運んでいた。ルート周辺には在日の人々が多く居住する地域もあり、大切なルートだっだ」と解説する。
北陸から新潟にかけての日本海側には、工作員の上陸ポイントが多数設定されていた。
「そこには工作員をかくまったりする『土台人』と呼ばれる協力者がいたはずだ」。拉致問題に取り組む関係者はそう指摘する。
在日朝鮮人らの中で工作員に目をつけられた人々が、北朝鮮にいる親族の安全と引き換えに工作活動への協力を強要されたことは、これまでの拉致事件の捜査や韓国での公判の内容で明らかになっている。
在日成り済ましくん??
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