Re: その2
投稿者: beiowolf19 投稿日時: 2009/01/25 00:41 投稿番号: [81377 / 85019]
>日本政府は、最終的決定に関する連合国側の政策に、素直に従ったということ
竹島はS,F条約に於ける放棄する島々の中には竹島は含まれて無いと言う事に従ってる
>総理府令も財務省令も改正を繰り返しているが、本邦と外国の定義から鬱陵島、竹島、済州島が改正された事実が無い
それは領土の範囲を定めてる法では無いと言う趣旨だからである
>ヴァン・フリート特命報告書は何も反映されていない。
反映されてるから竹島はS,F条約で放棄した島々には含まれないと言ってる
>ヴァン・フリート特命報告書は、SF条約の後だから、鬱陵島、竹島、済州島が韓国に返還された後の報告書
韓国に返還されてる地域に竹島は含まれず
日本国との平和条約の草案に対し、韓国政府と米国政府の間で以下のようなやり取りがあった
1949年12月29日
連合国が草案(Draft Treaty of Peace with Japan)を作成。その中で日本の領土に竹島を含む、とされた(ChapterII Territorial Clauses, Article 3)
1951年7月19日
草案に対して、梁裕燦・韓国駐米大使より米国政府に要望書が出される
1 竹島と波浪島を日本の放棄領土に加え、それを日本国との平和条約によ って放棄とするのではなく、1945年8月9日(注: 日本によるポツダム宣 言受諾)の時点で放棄したことにすること
2 在韓日本資産を韓国政府および米軍政庁に移管すること
3 マッカーサー・ラインの継続を日本国との平和条約で認めること
米国政府は在韓日本資産に関して米軍政庁の処理を認めるように記述を修整することを認めたが、竹島の要求、マッカーサー・ライン継続の要求には同意しなかった
1951年8月2日(外交文書)
再度韓国大使より要望書が米国政府に提示される
1951年8月10日(外交文書)
当時の米国国務次官補ディーン・ラスクより、当該書簡(ラスク書簡)が米国政府の最終的な回答として韓国政府に提示される
1951年9月8日
日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)調印
1952年1月18日
韓国が李承晩ラインを宣言
1952年4月28日
日本国との平和条約が発効
1952年11月27日
駐韓米国大使館が「竹島の地位に関する合衆国の理解はラスク書簡のとおりである」と再度韓国外交部(外務省)宛てに通牒を行う
1954年8月15日
朝鮮戦争を指揮したヴァン・フリートがアイゼンハワー第34代米大統領の特命大使として韓国、日本、台湾、フィリピンを訪問し機密文書ヴァン・フリート特命報告書を作成
日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)後の同条約に対する米国政府公式見解として上記の外交文書は
一方的な領海宣言(李承晩ライン)は違法である
米国政府はサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領土であると結論している
この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる
となっており、竹島は韓国には返還されて無い
>今は変わらなくとも、徐々に変化するだろう
それに期待したいね、しかし、官僚と政治屋に任せて良いものかは悩む所
尤も、そんな議員を選ぶのは我々国民なんだけどな・・・・
>ネットでも竹島問題が溢れるだろう
俺は恥ずかしい話だが、ネットを始めて、このヤフーの掲示板を見るまでは
余り関心が無かった
炊飯器が日本人をバカにしてる投稿を見て看過出来ずに反論したのが最初だったな
韓国と言えば輪島沖でのトラブルか外浦一帯に流れ着くハングルでが書いて有るゴミに対して苦々しく思ってただけだったな
本来はネットで溢れるより世間一般が知って欲しいと願うけどな
悪い、少し愚痴話になったな、スマン
竹島はS,F条約に於ける放棄する島々の中には竹島は含まれて無いと言う事に従ってる
>総理府令も財務省令も改正を繰り返しているが、本邦と外国の定義から鬱陵島、竹島、済州島が改正された事実が無い
それは領土の範囲を定めてる法では無いと言う趣旨だからである
>ヴァン・フリート特命報告書は何も反映されていない。
反映されてるから竹島はS,F条約で放棄した島々には含まれないと言ってる
>ヴァン・フリート特命報告書は、SF条約の後だから、鬱陵島、竹島、済州島が韓国に返還された後の報告書
韓国に返還されてる地域に竹島は含まれず
日本国との平和条約の草案に対し、韓国政府と米国政府の間で以下のようなやり取りがあった
1949年12月29日
連合国が草案(Draft Treaty of Peace with Japan)を作成。その中で日本の領土に竹島を含む、とされた(ChapterII Territorial Clauses, Article 3)
1951年7月19日
草案に対して、梁裕燦・韓国駐米大使より米国政府に要望書が出される
1 竹島と波浪島を日本の放棄領土に加え、それを日本国との平和条約によ って放棄とするのではなく、1945年8月9日(注: 日本によるポツダム宣 言受諾)の時点で放棄したことにすること
2 在韓日本資産を韓国政府および米軍政庁に移管すること
3 マッカーサー・ラインの継続を日本国との平和条約で認めること
米国政府は在韓日本資産に関して米軍政庁の処理を認めるように記述を修整することを認めたが、竹島の要求、マッカーサー・ライン継続の要求には同意しなかった
1951年8月2日(外交文書)
再度韓国大使より要望書が米国政府に提示される
1951年8月10日(外交文書)
当時の米国国務次官補ディーン・ラスクより、当該書簡(ラスク書簡)が米国政府の最終的な回答として韓国政府に提示される
1951年9月8日
日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)調印
1952年1月18日
韓国が李承晩ラインを宣言
1952年4月28日
日本国との平和条約が発効
1952年11月27日
駐韓米国大使館が「竹島の地位に関する合衆国の理解はラスク書簡のとおりである」と再度韓国外交部(外務省)宛てに通牒を行う
1954年8月15日
朝鮮戦争を指揮したヴァン・フリートがアイゼンハワー第34代米大統領の特命大使として韓国、日本、台湾、フィリピンを訪問し機密文書ヴァン・フリート特命報告書を作成
日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)後の同条約に対する米国政府公式見解として上記の外交文書は
一方的な領海宣言(李承晩ライン)は違法である
米国政府はサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領土であると結論している
この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる
となっており、竹島は韓国には返還されて無い
>今は変わらなくとも、徐々に変化するだろう
それに期待したいね、しかし、官僚と政治屋に任せて良いものかは悩む所
尤も、そんな議員を選ぶのは我々国民なんだけどな・・・・
>ネットでも竹島問題が溢れるだろう
俺は恥ずかしい話だが、ネットを始めて、このヤフーの掲示板を見るまでは
余り関心が無かった
炊飯器が日本人をバカにしてる投稿を見て看過出来ずに反論したのが最初だったな
韓国と言えば輪島沖でのトラブルか外浦一帯に流れ着くハングルでが書いて有るゴミに対して苦々しく思ってただけだったな
本来はネットで溢れるより世間一般が知って欲しいと願うけどな
悪い、少し愚痴話になったな、スマン
これは メッセージ 81375 (topics_jk さん)への返信です.
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