横ですが
投稿者: attoko12345 投稿日時: 2005/03/14 19:58 投稿番号: [6800 / 85019]
>武家社会が安定した以後も、日本人の感覚の根底には「文化としての朝鮮」は「中華の文化」と同様に理想として認識されていたでしょう
ここが違うと思います。
中世の前の平安の時代にもう朝鮮は意識の中にないと思います。
仮にあったとしても、中国と認識されていると思います。
その中国すら、学ぶものはないとして平安時代は鎖国状態に入ります。
平安末期の平清盛は貿易に乗り出しますが、朝鮮としての文化が歴史書に書かれていません。
鎌倉時代も一種の鎖国状態で外国が出てきません。
鎌倉に、華道、能、狂言、平家物語、新興仏教など一台文芸復興が起きますが朝鮮文化、中国文化の影響はない様に思います。
朝鮮を意識したのは、織田信長あたりからではないでしょうか。当時は堺を中心に東南アジアまで貿易が盛んでした。
当然中国、朝鮮文化も入ったでしょう。
江戸時代に儒臣が現れます。
新井白石、雨森芳洲がその代表ですが、元をたどると李退溪に学んだことになるようです。
平行して国学が完成されています。
江戸時代にすでに、朝鮮からの使いに日本人の嘲笑的見方が出ています。
尊敬の念を持つものもあったでしょうが、日本人の原型はすでに江戸時代にできているように思います。
明ー清交代を「華夷変態」として中華思想を客観化していますし。
これは メッセージ 6795 (chopper8111362 さん)への返信です.
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