hmnsskspreyerさんへ。
投稿者: chopper8111362 投稿日時: 2005/03/14 18:42 投稿番号: [6795 / 85019]
Hmnsskspreyerさん、今晩は。投稿を改めました。
さて、先日「日本人と中国人」(イザヤ ベンダサン著)を読みました。内容としては古い本なのですが、ちょっと興味がある言い回しがありましたので、要約引用いたします。
中国と日本の間になぜ誤解が絶えないのか?
日本人は、中国を「文化としての中華」と認識している。しかし、「文化としての中華」は目の前にいる現実の「中国人」と異なる。その事を日本人は理解していない。
まあ、要約すれば上のような内容でした。この事は対中国関係では首肯せざるを得ません。翻って対韓問題をこの視点で読み取ってみたらどうでしょうか?(ここは韓トピですしね)
まず、日本人は「文化としての朝鮮」を韓国人に当てはめているのでしょうか?
僕は韓国人に「文化としての朝鮮」を認識することはありませんし、多くの日本人も同様でしょう。これは、現実と理想に誤解がないと言うことです。
しかし、中世以前の日本はその歴史の中でつよく朝鮮の影響を受けていますし、武家社会が安定した以後も、日本人の感覚の根底には「文化としての朝鮮」は「中華の文化」と同様に理想として認識されていたでしょう。しかし、当時の交通事情などを考えれば、中世以後の日本人は、正確な朝鮮人像を認識していなかったと思います。この時代には、朝鮮人に対する理想と現実の乖離が存在していました。
では、いつからその乖離が無くなったのでしょう?
日本人から「文化としての朝鮮」という感覚が消滅したのは恐らく韓国併合以降だと思います。
西郷隆盛の「征韓論」や、内田良平と李容九の紐帯をみるに、当時の日本人は韓国に対して強く「文化としての偉大な朝鮮」を要求しています。しかし、韓国の現実を目の当たりにした日本政府は、日韓合邦を韓国併合へと堕してしまいます。この頃に、日本人から「文化としての朝鮮」と「現実の韓国人」の乖離が消失したのではないでしょうか。もちろん、その後八十万人を超える外地人(半島系日本人)が内地に流入し、朝鮮民族の現実の姿に日本人が接触出来たことも大きな原因でしょう
では、韓国人は日本人をどう思っているのでしょうか?
今現在、「韓国人の想像する日本人像」と「現実の日本人」は大きく乖離していると僕は思います。
おおくの半島系新聞の日本語ウェッブを垣間見るに「韓国人の想像する日本人像」とは、「歴史を顧みることをせず、過去の犯罪的行為を見ぬふりをし、半島への苛斂誅求の賠償も反省もせず、時に竹島を自国領だとヒステリックに叫び、靖国神社をこれ見よがしに参拝し、経済侵略によりアジア諸国から搾取を続け、隙があれば領土的野心をもみたそうとする右翼反動国家」が日本なのです。
しかし、現実の日本人は、、、、、ご覧の通りです。
韓国人は「韓国人の想像する日本人像」に向かって、歴史の清算を叫び続けますが、「現実の日本人」である私たちには、なぜ自分たちがそこまで非難されるのか理解できません。
「韓国人の想像する日本人像」と「現実の日本人」の乖離に韓国人は気が付いていないのです。そして、日本人も韓国人が非難する対象が「韓国人の想像する日本人像」であることに気づいていません。
お互いの議論は行き違いを繰り返すばかりです。
日本人は「韓国人が文句を言っている相手は僕らと同姓同名の別人である」と、その誤りを訂正してあげなくてはいけません。この責任は僕らにあります。
韓国人は、自分たちが文句を言っている相手は、「想像上の実在しない民族」であることに早く気が付かなくてはいけません。これは韓国人の責任です。
ところで、日韓友好への手を大きく広げるのはいつも日本人です。
そして日本人は、韓国人がその手を握ってくれるのを、静かにそして辛抱強く待っています。
もしかしたら、それに答えようとする声が、韓国内にあるのかもしれませんが、僕の耳には杳として聞こえてきません。その声がはっきりと聞こえたら、僕らの迷いも霧消するのではないでしょうか。
長文、乱文になってしまいました。言いたいことがうまく言葉にならなかったのですが、気分を害する表現がありましたらお許し下さい。
それでは、失礼致します。
さて、先日「日本人と中国人」(イザヤ ベンダサン著)を読みました。内容としては古い本なのですが、ちょっと興味がある言い回しがありましたので、要約引用いたします。
中国と日本の間になぜ誤解が絶えないのか?
日本人は、中国を「文化としての中華」と認識している。しかし、「文化としての中華」は目の前にいる現実の「中国人」と異なる。その事を日本人は理解していない。
まあ、要約すれば上のような内容でした。この事は対中国関係では首肯せざるを得ません。翻って対韓問題をこの視点で読み取ってみたらどうでしょうか?(ここは韓トピですしね)
まず、日本人は「文化としての朝鮮」を韓国人に当てはめているのでしょうか?
僕は韓国人に「文化としての朝鮮」を認識することはありませんし、多くの日本人も同様でしょう。これは、現実と理想に誤解がないと言うことです。
しかし、中世以前の日本はその歴史の中でつよく朝鮮の影響を受けていますし、武家社会が安定した以後も、日本人の感覚の根底には「文化としての朝鮮」は「中華の文化」と同様に理想として認識されていたでしょう。しかし、当時の交通事情などを考えれば、中世以後の日本人は、正確な朝鮮人像を認識していなかったと思います。この時代には、朝鮮人に対する理想と現実の乖離が存在していました。
では、いつからその乖離が無くなったのでしょう?
日本人から「文化としての朝鮮」という感覚が消滅したのは恐らく韓国併合以降だと思います。
西郷隆盛の「征韓論」や、内田良平と李容九の紐帯をみるに、当時の日本人は韓国に対して強く「文化としての偉大な朝鮮」を要求しています。しかし、韓国の現実を目の当たりにした日本政府は、日韓合邦を韓国併合へと堕してしまいます。この頃に、日本人から「文化としての朝鮮」と「現実の韓国人」の乖離が消失したのではないでしょうか。もちろん、その後八十万人を超える外地人(半島系日本人)が内地に流入し、朝鮮民族の現実の姿に日本人が接触出来たことも大きな原因でしょう
では、韓国人は日本人をどう思っているのでしょうか?
今現在、「韓国人の想像する日本人像」と「現実の日本人」は大きく乖離していると僕は思います。
おおくの半島系新聞の日本語ウェッブを垣間見るに「韓国人の想像する日本人像」とは、「歴史を顧みることをせず、過去の犯罪的行為を見ぬふりをし、半島への苛斂誅求の賠償も反省もせず、時に竹島を自国領だとヒステリックに叫び、靖国神社をこれ見よがしに参拝し、経済侵略によりアジア諸国から搾取を続け、隙があれば領土的野心をもみたそうとする右翼反動国家」が日本なのです。
しかし、現実の日本人は、、、、、ご覧の通りです。
韓国人は「韓国人の想像する日本人像」に向かって、歴史の清算を叫び続けますが、「現実の日本人」である私たちには、なぜ自分たちがそこまで非難されるのか理解できません。
「韓国人の想像する日本人像」と「現実の日本人」の乖離に韓国人は気が付いていないのです。そして、日本人も韓国人が非難する対象が「韓国人の想像する日本人像」であることに気づいていません。
お互いの議論は行き違いを繰り返すばかりです。
日本人は「韓国人が文句を言っている相手は僕らと同姓同名の別人である」と、その誤りを訂正してあげなくてはいけません。この責任は僕らにあります。
韓国人は、自分たちが文句を言っている相手は、「想像上の実在しない民族」であることに早く気が付かなくてはいけません。これは韓国人の責任です。
ところで、日韓友好への手を大きく広げるのはいつも日本人です。
そして日本人は、韓国人がその手を握ってくれるのを、静かにそして辛抱強く待っています。
もしかしたら、それに答えようとする声が、韓国内にあるのかもしれませんが、僕の耳には杳として聞こえてきません。その声がはっきりと聞こえたら、僕らの迷いも霧消するのではないでしょうか。
長文、乱文になってしまいました。言いたいことがうまく言葉にならなかったのですが、気分を害する表現がありましたらお許し下さい。
それでは、失礼致します。
これは メッセージ 6768 (hmnsskspreyer さん)への返信です.
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