Re: 正直、日本人は運が良かっただけだ
投稿者: boston_redsox_xx 投稿日時: 2008/02/11 16:38 投稿番号: [65518 / 85019]
はじめまして
どうも、詳細を載せていただきましたこと感謝申し上げます。
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また一説では、比叡山は寺社とはいえ多数の僧兵を擁し、実体は戦国大名並みの軍事力を持っていたと言われています。これらの僧兵は酒色にふけり町では乱暴狼藉を働くなど凡そ僧とは名ばかりの集団だったようです。また比叡山は、琵琶湖の海運に多くの権益(輸送に対する徴税権)を持っており、信長が進める商業流通の自由化を柱とした重商政策とはまっこうから対立する勢力でした。
信長は、極めて峻厳な性格だったため、一方で民衆に来世を説きながら、一方で現世利益に執着する中世的寺社勢力を嫌悪しており、そう言った中世的な価値観や体制を破壊しようとした、とする説もあります。
現実主義の信長ですから、前者の説の方が主たる要因だとは思いますが、まだ迷信の多い時代に寺社を焼く、と言う行為を躊躇しなかった心理的な背景としては、後者の説も十分に考えられますし、仮に比叡山が浅井、朝倉を追い出し、中立を守っていたとしても、いずれ織田軍との衝突は避けられなかったと思われます。
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※特に上記の箇所については、これからゆっくりと読ませていただきます。先ずはとりあえず、お礼まで申します。<m(__)m>信長については、明智光秀との確執や秀吉、上洛した時期や家康、今川義元等などの歴史上の重要な人物との接点や信長の世界観を現代を通して精査し考えみつめなおしてみたいものです。ロムを重点に。こればっかりは一方的に知識を得るしか為すすべがありません。
これは メッセージ 65497 (isamu309 さん)への返信です.
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