Re: elgクンよ。勝ち誇るのも程々にな
投稿者: chonmage_johney 投稿日時: 2007/11/28 19:16 投稿番号: [61141 / 85019]
宿題には宿題がえしか・・・姑息だね。
アンタのレスは、おそらく、
>>朝鮮の医学書が医心方にどれだけの影響を与えたかは甚だ疑問です。
に対応するものだろうと推定できます。
半島の医学文献も、古代にあったということは解りました。
ただね・・・・・
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper01/ishinhoBencao.htm
>>『医心方』巻30はごく一部を除き、すべて中国書籍(57)の引用文で構成されている。
>>巻30以外の巻には数例ではあるが朝鮮半島の医方書からの引用が見える。
と、elgクンが添付したのと同じ、真柳誠氏が結論づけているんだよ。カトちゃん風に言えば、「ちょっとだけよ」というやつだ。
>韓半島の三国から新羅時代の医書に『百済新集方』『新羅法師方』があったことを、丹波康頼が 984年に著した『医心方』の引用文(図1)より知ることができる2)。
要するに、「存在した」と言っているだけ。医心方編纂に多大な寄与があったとは、はっきりと書かれておりませんね。上記添付とこれで辻褄が合います。
>>>このように古代から受容され続けてきた韓医学は、豊臣秀吉の侵略を契機に最大の影響を日本に与えた。
アンタが添付したものだと、、皮肉にも豊臣秀吉が、医学交流を復活させたとも読めますな。
さて、
>君も相変わらずの田舎もんの偏見思考・何でも日本万歳!思考ですね
elgクンも相変わらずの田舎もんの偏見思考・何でもコリア万歳!思考ですね
>君の言う「日本人」によってなんて
まったくのナンセンス
私が添付したリンク先より引用します。
>>しかし丹波康頼は、『千金方』巻22の構成・類編名などをそのまま模倣しているわけではない。『医心方』巻30の総論を注目すると、そこには『太素経』より「五穀為養、五菓為助、五畜為益、五菜{土+卑}」(37)と、巻30構成篇名と順次のひな型を示す文が引用されている。したがって丹波康頼は、巻30編纂の発想を『千金方』によりながらも、具体的類編と順次は『太素』の記載(38)に依拠したものと考えられる。ちなみに、『太素』が「五畜」とするのに、『医心方』の類編で「五肉」と改めるのは、鳥・魚・貝なども含ませる目的に相違ない。この構成に、康頼が独自の観点を示そうとする意識を見ることができよう。
「そのまま模倣しているわけではない。」
「康頼が独自の観点を示そうとする意識を見ることができよう。」
にご注目下さい。
>奈良・平安・室町時代なんて
大陸、特に半島からの文化人の功績が多大だったのです
全く違うね。先にも述べた通り、当時のコリアは歴史の裏街道をひた走っていたんだから。白村江の戦い(663年)で日本が敗れた後、唐軍の侵入は必至という情勢の下、日本に住む人々と定住したシナの商人(華僑)が、自衛のために、日本という統一国家を造ろうと、668年大津京での天智天皇即位を迎えたと、岡田英弘氏は述べています。幸いにも、唐は日本に侵略する余裕なんぞなかったことも前に書いた通り。
もし、アンタの言うとおり、半島からの影響云々ならば、喜んで、日本を唐に差し出しただろうよ。
>何が何でも「日本」という国家観念にしがみつく君ら
醜いね
何が何でもコリアにしがみつく、似非世界人。永久に醜態をさらしたまえ。
あ、そうそう、私の宿題忘れないでね♪
アンタのレスは、おそらく、
>>朝鮮の医学書が医心方にどれだけの影響を与えたかは甚だ疑問です。
に対応するものだろうと推定できます。
半島の医学文献も、古代にあったということは解りました。
ただね・・・・・
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/mayanagi/paper01/ishinhoBencao.htm
>>『医心方』巻30はごく一部を除き、すべて中国書籍(57)の引用文で構成されている。
>>巻30以外の巻には数例ではあるが朝鮮半島の医方書からの引用が見える。
と、elgクンが添付したのと同じ、真柳誠氏が結論づけているんだよ。カトちゃん風に言えば、「ちょっとだけよ」というやつだ。
>韓半島の三国から新羅時代の医書に『百済新集方』『新羅法師方』があったことを、丹波康頼が 984年に著した『医心方』の引用文(図1)より知ることができる2)。
要するに、「存在した」と言っているだけ。医心方編纂に多大な寄与があったとは、はっきりと書かれておりませんね。上記添付とこれで辻褄が合います。
>>>このように古代から受容され続けてきた韓医学は、豊臣秀吉の侵略を契機に最大の影響を日本に与えた。
アンタが添付したものだと、、皮肉にも豊臣秀吉が、医学交流を復活させたとも読めますな。
さて、
>君も相変わらずの田舎もんの偏見思考・何でも日本万歳!思考ですね
elgクンも相変わらずの田舎もんの偏見思考・何でもコリア万歳!思考ですね
>君の言う「日本人」によってなんて
まったくのナンセンス
私が添付したリンク先より引用します。
>>しかし丹波康頼は、『千金方』巻22の構成・類編名などをそのまま模倣しているわけではない。『医心方』巻30の総論を注目すると、そこには『太素経』より「五穀為養、五菓為助、五畜為益、五菜{土+卑}」(37)と、巻30構成篇名と順次のひな型を示す文が引用されている。したがって丹波康頼は、巻30編纂の発想を『千金方』によりながらも、具体的類編と順次は『太素』の記載(38)に依拠したものと考えられる。ちなみに、『太素』が「五畜」とするのに、『医心方』の類編で「五肉」と改めるのは、鳥・魚・貝なども含ませる目的に相違ない。この構成に、康頼が独自の観点を示そうとする意識を見ることができよう。
「そのまま模倣しているわけではない。」
「康頼が独自の観点を示そうとする意識を見ることができよう。」
にご注目下さい。
>奈良・平安・室町時代なんて
大陸、特に半島からの文化人の功績が多大だったのです
全く違うね。先にも述べた通り、当時のコリアは歴史の裏街道をひた走っていたんだから。白村江の戦い(663年)で日本が敗れた後、唐軍の侵入は必至という情勢の下、日本に住む人々と定住したシナの商人(華僑)が、自衛のために、日本という統一国家を造ろうと、668年大津京での天智天皇即位を迎えたと、岡田英弘氏は述べています。幸いにも、唐は日本に侵略する余裕なんぞなかったことも前に書いた通り。
もし、アンタの言うとおり、半島からの影響云々ならば、喜んで、日本を唐に差し出しただろうよ。
>何が何でも「日本」という国家観念にしがみつく君ら
醜いね
何が何でもコリアにしがみつく、似非世界人。永久に醜態をさらしたまえ。
あ、そうそう、私の宿題忘れないでね♪
これは メッセージ 61103 (elgfaret さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/4z9q_1/61141.html