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着眼点が異なるか?

投稿者: boston_red_socks_xx 投稿日時: 2007/10/18 23:55 投稿番号: [55619 / 85019]
アメリカ信託統治時代

  日本の敗戦によりパラオは、1947年からアメリカの信託統治領となりました。アメリカ人は現地に想像以上の日本文化が根づいていることに驚き、日本的なものをすべて破壊しました。
  みんなで耕した畑は掘り返され、道路もはがされたそうです。南洋神社が取り壊されたのを悲しみ、日本神道にちなんだイシドウロウという名前を子供につけた人もいました。南洋神社は、毎朝村人が集まり、日本海軍岡田中将から「この美しいパラオを一日も早く自分たちの手で治めるようにせよと」と訓示を受けた思い出の場所だったのです。   後に南洋神社は現地人と清流会によって再建されています。
  信託統治というのは国連で定められた制度で、その国を独立へと導くために援助、指導するものなのですが、どうもアメリカは、軍事に於いて重要な位置にあるミクロネシアを出来るだけ長く統治下に置き、いずれはアメリカに併合しようと考えていたようです。60年代初頭に作られたソロモン・レポートには、いかにしてミクロネシアを併合するかについての綿密なプランが書かれています。
  アメリカ政府では「ソロモン・レポートは結局採用されなかった」と話していますが、どうでしょう。本当にこの国を独立させようとするならば、日本が築いた物と同等かそれ以上の産業・教育システムを整備しているはずです。
  ところがアメリカの政策は単純な財政援助ばかり。さらに注目すべきは、他の信託統治国が次々に独立をはじめると、ますます援助の額が増大している点です。   ミクロネシアは援助づけとなり、アフリカ等に比べて大幅に独立が遅れました。
  発展性のない社会の中、金銭だけは援助されるという状況では、人々の勤労意欲も低下しがちです。日本時代の勤勉さ、治安の良さはあっという間に失われ、社会に違法ドラッグが忍び込んで来るのにもそれほど時間はかかりませんでした。
  パラオの長老方に「日本時代が一番良かった」と話す人が多いのには、こういった事も原因しているようです。

http://gomushi.at.infoseek.co.jp/world/palau/003.html

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wikiより一部を抜粋

※新KBブリッジ
2002年1月、日本の政府開発援助 (ODA) によって再建された橋。正式名称は「日本 - パラオ親善の橋(通称:日帛友好橋)」という(Japan - Palau Friendship Bridge)。

旧KBブリッジ崩落を受け、日本は飲料水の緊急輸送や仮設橋の設置などの支援を行っていた。パラオ政府が財政的な理由から自国の資金による建設を断念したため、1997年に無償援助による橋の再建を決定し鹿島建設によって再建された。

5年後の2002年1月に橋は完成し、1月11日には開通式典が行われた。

この新しい橋のたもとの記念碑には、日本-パラオ親善の橋 (Japan - Palau Friendship Bridge) と刻まれ、両国の国旗が描かれている。

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