Re: こんばんはotokooidondogyansitaさん。
投稿者: xxchotto_toorimasuyoxx 投稿日時: 2007/07/02 02:08 投稿番号: [45446 / 85019]
続きです。
西郷さんは武力による朝鮮への交渉は望んではいず、
勝さんとの交渉時のように、道義を持って交渉すれば
道は開ける・・・しかしながら、それが叶わないのであれば
多分、自分は殺されるだろうから、後のことは任せる
と言うようなことでしょう。
しかしながら、前記の文から私が感じたことは
西郷さんは、交渉の経緯は知ってはいても自ら交渉したことが無いわけで、
そして何より、日本人同士であるならば通じようもありますが
実際の朝鮮側の交渉姿勢について、
または朝鮮側の儒教的な思想・華夷秩序・派閥争いなどについては
気にしてないか、それほど知らずにいたように感じます、
たとえ。西郷さん自身が、警護の人数をそれほど入れず
その時には会談により成功したように思えても、
結局は、約束は反故にされてしまったように思えます。
このことから、最初に書きましたように
5年と言う交渉期間が長いのか短いのかは個人の考えによりますが
(現在の日朝間における交渉と、当時の世界情勢とを同じくすることは
出来ません)
話し合いをすることによって、交渉を成功させることの不可能を悟った
明治政府が(それでも、当時の西欧諸国の方法よりは柔軟だったともいますが)
武力の誇示だけによってでは無く、条約の締結に至ったのだと思われます。
繰り返しますが、当時の国際状況からすれば
(国内情勢も加味したとしても)
武力を誇示した一方的な交渉締結では無く
当時の万国公法を必要以上に律儀に守りながら
我慢に我慢を重ね(それを朝鮮側に上手く利用されたと思いますが)
た上での結果だと思います。
ゆえに
>力で征した事は立派な行為と、おいどんは想いもんす。
と言うことには賛成できません。
もっともこの「力」が武力は勿論、それ以外でも
交渉力等を表現するのであれば、
私の理解不足ですが・・・(゜ー゜;Aアセアセ
これは メッセージ 45445 (xxchotto_toorimasuyoxx さん)への返信です.
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