Re: 両刃の剣の議論について>isamu309氏
投稿者: publicopinion100 投稿日時: 2007/04/14 15:26 投稿番号: [38732 / 85019]
>確かに法としては、天皇の存命中の譲位を禁じてはいません。しかし戦後日本は主権在民であり、天皇は自分自身の意思で、その進退を決する事はできない存在となってしまったのです。この事実は民主国家としてあまりに重い。
この点は同意!
>戦後の高度経済成長の中、独り敗戦の重荷を昭和天皇が背負われ続けたことを、国民は忘れていたかもしれません。現天皇家が、その在り方に就いて苦闘していることを国民の認識が十分と言えるかは甚だ疑問です。
日本の復興に一区切りがついたとき、現人神でなく人間としての昭和天皇は一度表明された退位の意志を貫き通すべきだったと思うが、今となっては何を言おうがどうしようもない。
ただ今の日本国民は天皇に関して思考停止になっていることは確かだろう。老人は一度摺り込まれた天皇へのイメージを忘れることができないで新年参賀に出かけるが、若者は芸能人と同じような「天ちゃん」扱い。皇室の話題がなければ女性週刊誌は大弱りだろう。大部分の日本人は戦前の天皇陛下のイメージは、テレビ映像の記録フィルムの中でしか知らない。
戦後生まれの我々自身が、天皇をどう扱い、どう子供に教えていいかわからない。
子供が「天ちゃん」と言おうが、なぜそれがいけないかを自信をもって理路整然と教えることができない。必ず戦争責任のところで引っかかる。
天皇が戦前の日本国民の犯した過ちを一手に背負ったのであれば、なぜ過ちを犯さないようにできなかったのか?開戦権云々の問題でなく、なぜ米国相手の戦端を開くことを止められなかったのか? 理路整然ににわかには教えがたい。人情として「独り敗戦の重荷を昭和天皇が背負われ続けた」と納得するしかない。
日本国憲法の第一条は【天皇の地位・国民主権】だ。国民投票が国会をとおり2010年以降には憲法改正が現実のものになろうとしているのに、第1条からそもそも日本国民に意識のずれがある。
>君主が国民の総意に基づくのであれば、その存在は意義有るものだと思います。しかし一方で(象徴であれ)君主はその国民の意思に答える義務が有る筈です。
もはや国民の天皇に抱く総意すらないのではないか?
少なくとも次の世代の若者にとって「ときどきテレビに出てきて勲章を渡すあのオジサン」になっている状態で、どう日本国家の精神的な支柱を打ちたてるか?
これが出来たときこそ、日本人は誇り高き国民になるはずだが・・
>私個人としては、主権者たる国民としてでは無く、人として今後天皇、及び皇室にあまりに重荷となるような状況が課せられるようであれば、その重荷を取り除くように国民全体が理解し、行動することを望みますし、その動きに賛同する事に吝かではありません。
ヨーロッパの王室同様に、一市民として同化して行く考えもあるが、これは日本人として受け入れがたい。
日本は聖徳太子の時代から中国と「同格」の国家の品格を持つ国であるとしてきた。それゆえ、朝鮮国家など番外の格下国家でしかない。
今後、中国との覇権争いになると、やはり国の格が問題になるだろう。少なくとも中国には天子と仰ぐ君主は象徴であってもいない!
取り留めない文章になったが、今日はいい天気で忙しくて..
この点は同意!
>戦後の高度経済成長の中、独り敗戦の重荷を昭和天皇が背負われ続けたことを、国民は忘れていたかもしれません。現天皇家が、その在り方に就いて苦闘していることを国民の認識が十分と言えるかは甚だ疑問です。
日本の復興に一区切りがついたとき、現人神でなく人間としての昭和天皇は一度表明された退位の意志を貫き通すべきだったと思うが、今となっては何を言おうがどうしようもない。
ただ今の日本国民は天皇に関して思考停止になっていることは確かだろう。老人は一度摺り込まれた天皇へのイメージを忘れることができないで新年参賀に出かけるが、若者は芸能人と同じような「天ちゃん」扱い。皇室の話題がなければ女性週刊誌は大弱りだろう。大部分の日本人は戦前の天皇陛下のイメージは、テレビ映像の記録フィルムの中でしか知らない。
戦後生まれの我々自身が、天皇をどう扱い、どう子供に教えていいかわからない。
子供が「天ちゃん」と言おうが、なぜそれがいけないかを自信をもって理路整然と教えることができない。必ず戦争責任のところで引っかかる。
天皇が戦前の日本国民の犯した過ちを一手に背負ったのであれば、なぜ過ちを犯さないようにできなかったのか?開戦権云々の問題でなく、なぜ米国相手の戦端を開くことを止められなかったのか? 理路整然ににわかには教えがたい。人情として「独り敗戦の重荷を昭和天皇が背負われ続けた」と納得するしかない。
日本国憲法の第一条は【天皇の地位・国民主権】だ。国民投票が国会をとおり2010年以降には憲法改正が現実のものになろうとしているのに、第1条からそもそも日本国民に意識のずれがある。
>君主が国民の総意に基づくのであれば、その存在は意義有るものだと思います。しかし一方で(象徴であれ)君主はその国民の意思に答える義務が有る筈です。
もはや国民の天皇に抱く総意すらないのではないか?
少なくとも次の世代の若者にとって「ときどきテレビに出てきて勲章を渡すあのオジサン」になっている状態で、どう日本国家の精神的な支柱を打ちたてるか?
これが出来たときこそ、日本人は誇り高き国民になるはずだが・・
>私個人としては、主権者たる国民としてでは無く、人として今後天皇、及び皇室にあまりに重荷となるような状況が課せられるようであれば、その重荷を取り除くように国民全体が理解し、行動することを望みますし、その動きに賛同する事に吝かではありません。
ヨーロッパの王室同様に、一市民として同化して行く考えもあるが、これは日本人として受け入れがたい。
日本は聖徳太子の時代から中国と「同格」の国家の品格を持つ国であるとしてきた。それゆえ、朝鮮国家など番外の格下国家でしかない。
今後、中国との覇権争いになると、やはり国の格が問題になるだろう。少なくとも中国には天子と仰ぐ君主は象徴であってもいない!
取り留めない文章になったが、今日はいい天気で忙しくて..
これは メッセージ 38681 (isamu309 さん)への返信です.
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