(16)戦争被害と傷痕
投稿者: foryoufor 投稿日時: 2004/10/31 02:30 投稿番号: [3806 / 85019]
日中戦争〜太平洋戦争下におけるアジア各国の被害は甚大なものだった。死者の正確な数ははっきりしないところが多いが、主に各国政府の公式の発表を基に紹介すると、中国1000万人以上(調査の進展により最近では2000万人以上と言われ始めている)、フィリピン111万人、インドネシア400万人、ベトナム200万人、マレーシアとシンガポールで10万人以上、ビルマ15万人、インド150万人、韓国・朝鮮20万人、台湾3万人などである。このほとんどは民間人である。ほかに連合軍捕虜4万2千人あまり、民間抑留者1万数千人、オーストラリア1万7744人(捕虜約8000人を含む)などである。アジアの死者は全体として2000万人という場合が多いが、中国の死者の数によっては大きく増える可能性もある(『世界』1994年2月、特集白書・日本の戦争責任)。
なお日本の死者が約310万人、うち軍人軍属230万人、民間人80万人である。日本の場合、沖縄を除くと、軍人の外地での死者が多数を占めているが、アジア諸国の場合には圧倒的に民間人が犠牲になっている。日本の侵略戦争であったことがここにも現れている。
戦争被害は死者のみに限られない。家を焼かれたり破壊された件数などの物的な被害、難民になった人数は想像がつかない。
人的物的被害とは異なるさまざまな傷痕も残している。マレー半島では、日本軍は華僑を抑えるためにマレー人を利用した。華僑粛清という名の虐殺のためにマレー人を道案内に使ったり、マレー人警官を同行させて日本軍の手伝いをさせた。そのため華僑から見ればマレー人が日本軍の手先となって同胞を殺していることになり、華僑が主体の抗日ゲリラは日本軍に協力しているマレー人を襲撃し、あるいは豚肉を無理強いするなどイスラム教徒であるマレー人を侮辱する行動にでた。このためマレー人が華僑の村を襲って村人を惨殺し、それに対して華僑が報復するという事態が戦争末期から戦後にかけて頻発した。このマレー人と中国系との対立はその後も尾を引き、現在でも大きな問題となっている。日本軍の残虐行為がその後何十年にもわたって深刻な影響を与えているのである。
ビルマでは、多数派のビルマ族のほかにカレン族やカチン族などの少数民族がいる。カレン族にはイギリスの影響でキリスト教徒が多く、そのためイギリスが植民地支配のためにカレン族を登用しビルマ族を抑えるために利用した。日本軍は逆にビルマ族を使い、カレン族に対しては親英的とみなして抑圧した。そのためカレン族が日本軍の残虐行為の対象になったケースが多い。このためビルマ族とカレン族の対立は一段と増幅された。戦後、ビルマ族主体のビルマ政府に対してカレン族は武装闘争をおこない、ビルマの不安定要因となっている。
植民地支配は通常、民族を分断し統治するという方法を取るが、日本軍の支配はそれが虐殺などの残虐行為と結びついていたために民族間の対立を一層増幅させることになった。
日本軍は戦争後期になると日本軍を補うために現地の住民を使って義勇軍などを作った。ビルマ国軍やインドネシアの郷土防衛義勇軍(ペタ)などはその代表的なものである。これらの軍隊は戦後の独立にあたって大きな役割を果たした。特に植民地の再建をねらうオランダと独立戦争を戦ったインドネシアの場合は特にそうである。もちろんこのことは日本軍が日本の覇権のために作った軍隊を、民族運動の組織者が独立のために活用したのであって、ヨーロッパと日本の二つの帝国主義国の間で両者を利用して独立を勝ち取ったことはいうまでもない。しかし独立後の軍隊の土台が日本軍によって作られたことは否定できない。問題はそこにある。インドネシアで1966年にクーデターを契機に政権を握りその後1997年に至っても依然として独裁政権を続けているスハルト大統領はペタの軍人であった。ビルマで1962年に軍事クーデターで政権を握り、議会を解散し憲法を停止、後に表舞台からは姿を消すが今日に至るまで軍事政権の黒幕と見られているネ・ウィンは日本軍の訓練を受けたビルマ独立義勇軍の幹部の一人だった。独立後、長期軍事独裁政権が生まれたインドネシアとビルマではともに日本軍に育てられた軍隊がそこでも大きな役割を果たし、また日本軍に訓練された将校がその独裁者になっている。独立後の問題の原因の一つが日本占領時代に起因しているのである。
なお日本の死者が約310万人、うち軍人軍属230万人、民間人80万人である。日本の場合、沖縄を除くと、軍人の外地での死者が多数を占めているが、アジア諸国の場合には圧倒的に民間人が犠牲になっている。日本の侵略戦争であったことがここにも現れている。
戦争被害は死者のみに限られない。家を焼かれたり破壊された件数などの物的な被害、難民になった人数は想像がつかない。
人的物的被害とは異なるさまざまな傷痕も残している。マレー半島では、日本軍は華僑を抑えるためにマレー人を利用した。華僑粛清という名の虐殺のためにマレー人を道案内に使ったり、マレー人警官を同行させて日本軍の手伝いをさせた。そのため華僑から見ればマレー人が日本軍の手先となって同胞を殺していることになり、華僑が主体の抗日ゲリラは日本軍に協力しているマレー人を襲撃し、あるいは豚肉を無理強いするなどイスラム教徒であるマレー人を侮辱する行動にでた。このためマレー人が華僑の村を襲って村人を惨殺し、それに対して華僑が報復するという事態が戦争末期から戦後にかけて頻発した。このマレー人と中国系との対立はその後も尾を引き、現在でも大きな問題となっている。日本軍の残虐行為がその後何十年にもわたって深刻な影響を与えているのである。
ビルマでは、多数派のビルマ族のほかにカレン族やカチン族などの少数民族がいる。カレン族にはイギリスの影響でキリスト教徒が多く、そのためイギリスが植民地支配のためにカレン族を登用しビルマ族を抑えるために利用した。日本軍は逆にビルマ族を使い、カレン族に対しては親英的とみなして抑圧した。そのためカレン族が日本軍の残虐行為の対象になったケースが多い。このためビルマ族とカレン族の対立は一段と増幅された。戦後、ビルマ族主体のビルマ政府に対してカレン族は武装闘争をおこない、ビルマの不安定要因となっている。
植民地支配は通常、民族を分断し統治するという方法を取るが、日本軍の支配はそれが虐殺などの残虐行為と結びついていたために民族間の対立を一層増幅させることになった。
日本軍は戦争後期になると日本軍を補うために現地の住民を使って義勇軍などを作った。ビルマ国軍やインドネシアの郷土防衛義勇軍(ペタ)などはその代表的なものである。これらの軍隊は戦後の独立にあたって大きな役割を果たした。特に植民地の再建をねらうオランダと独立戦争を戦ったインドネシアの場合は特にそうである。もちろんこのことは日本軍が日本の覇権のために作った軍隊を、民族運動の組織者が独立のために活用したのであって、ヨーロッパと日本の二つの帝国主義国の間で両者を利用して独立を勝ち取ったことはいうまでもない。しかし独立後の軍隊の土台が日本軍によって作られたことは否定できない。問題はそこにある。インドネシアで1966年にクーデターを契機に政権を握りその後1997年に至っても依然として独裁政権を続けているスハルト大統領はペタの軍人であった。ビルマで1962年に軍事クーデターで政権を握り、議会を解散し憲法を停止、後に表舞台からは姿を消すが今日に至るまで軍事政権の黒幕と見られているネ・ウィンは日本軍の訓練を受けたビルマ独立義勇軍の幹部の一人だった。独立後、長期軍事独裁政権が生まれたインドネシアとビルマではともに日本軍に育てられた軍隊がそこでも大きな役割を果たし、また日本軍に訓練された将校がその独裁者になっている。独立後の問題の原因の一つが日本占領時代に起因しているのである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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