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(13)植民地と満州の戦争動員

投稿者: foryoufor 投稿日時: 2004/10/31 00:36 投稿番号: [3787 / 85019]
日中戦争の開始以来、強化されていた皇民化政策は太平洋戦争開始後もさらに推し進められ、そのうえにたって軍事動員が推進された。朝鮮ではすでに1938年(昭和13)に陸軍特別志願兵制度が導入されていたが、1943年には海軍にも同じ制度が導入された。同年には朝鮮青年特別練成令が公布され、青年の軍事訓練が義務づけられた。さらに日本の兵力不足を補うために43年8月朝鮮にも兵役法が施行された。翌年4月から徴兵検査が開始され、敗戦までに20万9000人が徴兵され、うち復員したのは9万7000人だけであった。

労働力不足を補うための朝鮮人強制連行は1939年の「募集」形式から、42年には、朝鮮総督府と朝鮮労務協会が各地方行政機関に人数を割り当てて労働者を集め、日本企業に引き渡す方式である「官斡旋」方式、44年国民徴用令の適用による「徴用」と強制の度合いが強められた。

徴用令によって軍属として徴用された者も多く、一部は捕虜収容所の監視員として南方に送られた。彼らは捕虜と直接接する機会が多かったために戦後、捕虜虐待の責任を問われ戦争裁判で罰せられた者が多い。あるいは軍夫(軍のための雑役夫)として各地に送られ、戦闘に巻き込まれて戦死したり、沖縄ではスパイ容疑で日本軍によって殺されたケースも多かった。

日本本土をはじめ南方、沖縄、サハリンなどに強制連行された朝鮮人の数は100万人を越えると見られている。それ以外に日本軍の慰安婦として連行された女性も多い。

台湾でも、日本語の使用と神社参拝の強要、改姓名という日本式の氏名への変更の強要、志願兵制から徴兵制の導入など朝鮮と同じような政策がおこなわれた。動員された軍人・軍属は約20万人余りに上り、うち約3万が戦死した。日本軍慰安婦も徴集されボルネオなど南方に連れて行かれた。

満州では日本の兵站基地として石炭や鉄など重要物資の生産が図られた。すでに満州では軍部主導の産業開発が進められていたが、太平洋戦争が始まると鉄鉱、石炭、液体燃料、軽金属、農産物などの軍事物資の日本への供給の増大する方針をとった。炭坑や鉱山などでは中国人労働者が酷使され多くの犠牲を出した。満州を代表する炭坑である撫順炭坑では強制連行した中国人の使用を含めて、労働強化がはかられ、1942年だけで1万人以上と推定される死亡者がでた(上羽修「撫順炭坑中国人労働者の大量死」)。
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