1945年の朴正煕、南北の虐殺、飢餓
投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/10/26 00:50 投稿番号: [3649 / 85019]
1945年、朴正煕は満州国軍中尉として、河北省北東部で中共軍との戦いの中にいた。
8月、満州国は13年間の歴史に幕を閉じ、中国、ソ連の略奪、暴虐の嵐の中に消える。
満州国軍の中には、将校だけでも180名に及ぶ朝鮮人将校がいた。
日本の敗戦の報を聞き、その中のかなりの者が戦勝国側の立場を主張したが、中国側はまったくとりあわない。当たり前だろう。昨日までは中国人兵士を見れば容赦なく殺していたのだから。
重慶にあって、国際的に正式に認められることのなかった「大韓臨時政府」の金九らも戦勝国としての立場を要求したが、誰からも相手にされなかった。金九らは、朝鮮人部隊が間島青山里で日本軍を撃破し、一日で1,200名に及ぶ損害を与えた事もある、など、いつもの偽造話を始めるが、中共側から一笑に付される。中国側は間島の件もよく知っていた。実は彼らがやったからだ。中国側は、当時間島近辺には日本軍警備隊は25名しかいなかったこと、長い警備期間を通じて日本側が戦病死者3名にすぎないことも既に調べていた・・・・・・
結局、満州国軍にいた朝鮮人将兵らは、単に中国側によって、武装解除され、そして文字通り「放置」された。敵国としても扱わないが、味方でもない、戦勝国でもない、敵国側だったと宣告されてそれっきりにされた。
行き場のない、朴正煕中尉ら朝鮮人将校は、満州国内で中国人に報復されることをおそれ、帰国することを嫌った。結局、列車で北京の大韓臨時政府事務所に向かい、そして一度も戦わなかった「光復軍」に編入される。満州からは450名もの旧日本軍朝鮮人将兵が合流した。
金九らも、事のすべてを知っている旧満州国軍将兵がいるので、抗日戦争、ゲリラ闘争等の作り話はしなくなった。何度交渉しても、中国も米国も何の返事もしない。完全に相手にされていなかった。
そして、煙たくなっていた「光復軍」全将兵を置き去りにして、同年11月、幹部らとともに、単に「一旅行者」として朝鮮に帰国した・・・・・
李承晩は、朝鮮動乱の時、常に軍、国民より先に逃げたが、軍人が何の連絡も受けないまま置き去りにされるのは今回がその始まりだった。
朴正煕元中尉をはじめ、置き去りにされた将兵は悲惨だった。キャンプのなかでは、早くも毎日、誰がより親日派だったかをめぐり仲間割れし、しかも代表がいなくなったので、帰国についての方途がまったく途絶したからだ。
朴正煕らの必死の交渉の結果、朝鮮人将兵らは、「一般引き揚げ者」の分類を受けて、書類交付を受け、天津まで引き揚げ列車で日本人らと行き、そこからは米軍の引き揚げ者用舟艇で帰国した。既に46年5月になっていた。
惨めきわまりない気持ちで帰国した朴正煕らがみた光景は、だがもっと悲惨だった。
46年から48年にかけて、国内の騒擾、李承晩派が作った私兵団、暴力組織が全土を荒らし、特に戦時中も国内に残って頑強に孤塁を守っていた者や呂運亨、玄俊赫、張徳秀ら民族派指導者に暗殺が集中した。犠牲者は全土で2万ともいわれる。また、少しでも逆らえば、済州島のように3万人以上を平気で殺戮した。
作られたばかりの韓国軍にも自称「抗日の英雄」の手は伸びた。粛軍と称して数万人の将兵が逮捕され、約900名が極刑、懲役にされ、8,700名が追放された。北朝鮮が軍を強化している目前で、軍は崩壊した。特に満州帰り、旧日本軍人が狙われた。そして、軍から経験豊富な将校が消えた。朴正煕も帰国指導者にまったく信頼をおかない態度から狙われ、逮捕、投獄、瀕死の拷問を受け、軍籍を剥奪された・・・・・
殺戮の仕上げは、49年10月にやってきた。李承晩の団体解散令により全土で48万人以上が逮捕された。15万人が投獄され,刑死・獄死者は9万3,000人に及んだ・・・・・
北朝鮮でも、海外から「帰った」金日成によって、曹晩植ら民族派指導者がまず殺され、さらに全土に17箇所の収容所が作られ、次々と有意な指導者、篤志家、活動家、軍人ら消された。
北も南も、昔を知り、事実を知り、「抗日の英雄」李承晩と「金日成将軍」が抗日経験も、独立運動の経験もないことを知る者達を次々と殺しまくった。ただただ次々と大量に殺した。米国もソ連も次第に距離をおくようになったのも当然だ。
過去を知る者を消し去り、偽造した歴史、偽造した自伝を彼らが語り出すのはそれからだった。国民は北も南も飢えに襲われていたが、そんなことには見向きもしなかった・・・・
朴正煕は、すべて見て、経験した。後に大統領になってからも、彼の側近らはただの一度も「偽造された抗日闘争史、自称抗日闘争の指導者」を褒めた言葉を聞いたことがない。
「当然」だろう。実際に見て、経験し、知り、目の当たりに兄も友人も戦友も軒並み殺されたのだから・・・・
8月、満州国は13年間の歴史に幕を閉じ、中国、ソ連の略奪、暴虐の嵐の中に消える。
満州国軍の中には、将校だけでも180名に及ぶ朝鮮人将校がいた。
日本の敗戦の報を聞き、その中のかなりの者が戦勝国側の立場を主張したが、中国側はまったくとりあわない。当たり前だろう。昨日までは中国人兵士を見れば容赦なく殺していたのだから。
重慶にあって、国際的に正式に認められることのなかった「大韓臨時政府」の金九らも戦勝国としての立場を要求したが、誰からも相手にされなかった。金九らは、朝鮮人部隊が間島青山里で日本軍を撃破し、一日で1,200名に及ぶ損害を与えた事もある、など、いつもの偽造話を始めるが、中共側から一笑に付される。中国側は間島の件もよく知っていた。実は彼らがやったからだ。中国側は、当時間島近辺には日本軍警備隊は25名しかいなかったこと、長い警備期間を通じて日本側が戦病死者3名にすぎないことも既に調べていた・・・・・・
結局、満州国軍にいた朝鮮人将兵らは、単に中国側によって、武装解除され、そして文字通り「放置」された。敵国としても扱わないが、味方でもない、戦勝国でもない、敵国側だったと宣告されてそれっきりにされた。
行き場のない、朴正煕中尉ら朝鮮人将校は、満州国内で中国人に報復されることをおそれ、帰国することを嫌った。結局、列車で北京の大韓臨時政府事務所に向かい、そして一度も戦わなかった「光復軍」に編入される。満州からは450名もの旧日本軍朝鮮人将兵が合流した。
金九らも、事のすべてを知っている旧満州国軍将兵がいるので、抗日戦争、ゲリラ闘争等の作り話はしなくなった。何度交渉しても、中国も米国も何の返事もしない。完全に相手にされていなかった。
そして、煙たくなっていた「光復軍」全将兵を置き去りにして、同年11月、幹部らとともに、単に「一旅行者」として朝鮮に帰国した・・・・・
李承晩は、朝鮮動乱の時、常に軍、国民より先に逃げたが、軍人が何の連絡も受けないまま置き去りにされるのは今回がその始まりだった。
朴正煕元中尉をはじめ、置き去りにされた将兵は悲惨だった。キャンプのなかでは、早くも毎日、誰がより親日派だったかをめぐり仲間割れし、しかも代表がいなくなったので、帰国についての方途がまったく途絶したからだ。
朴正煕らの必死の交渉の結果、朝鮮人将兵らは、「一般引き揚げ者」の分類を受けて、書類交付を受け、天津まで引き揚げ列車で日本人らと行き、そこからは米軍の引き揚げ者用舟艇で帰国した。既に46年5月になっていた。
惨めきわまりない気持ちで帰国した朴正煕らがみた光景は、だがもっと悲惨だった。
46年から48年にかけて、国内の騒擾、李承晩派が作った私兵団、暴力組織が全土を荒らし、特に戦時中も国内に残って頑強に孤塁を守っていた者や呂運亨、玄俊赫、張徳秀ら民族派指導者に暗殺が集中した。犠牲者は全土で2万ともいわれる。また、少しでも逆らえば、済州島のように3万人以上を平気で殺戮した。
作られたばかりの韓国軍にも自称「抗日の英雄」の手は伸びた。粛軍と称して数万人の将兵が逮捕され、約900名が極刑、懲役にされ、8,700名が追放された。北朝鮮が軍を強化している目前で、軍は崩壊した。特に満州帰り、旧日本軍人が狙われた。そして、軍から経験豊富な将校が消えた。朴正煕も帰国指導者にまったく信頼をおかない態度から狙われ、逮捕、投獄、瀕死の拷問を受け、軍籍を剥奪された・・・・・
殺戮の仕上げは、49年10月にやってきた。李承晩の団体解散令により全土で48万人以上が逮捕された。15万人が投獄され,刑死・獄死者は9万3,000人に及んだ・・・・・
北朝鮮でも、海外から「帰った」金日成によって、曹晩植ら民族派指導者がまず殺され、さらに全土に17箇所の収容所が作られ、次々と有意な指導者、篤志家、活動家、軍人ら消された。
北も南も、昔を知り、事実を知り、「抗日の英雄」李承晩と「金日成将軍」が抗日経験も、独立運動の経験もないことを知る者達を次々と殺しまくった。ただただ次々と大量に殺した。米国もソ連も次第に距離をおくようになったのも当然だ。
過去を知る者を消し去り、偽造した歴史、偽造した自伝を彼らが語り出すのはそれからだった。国民は北も南も飢えに襲われていたが、そんなことには見向きもしなかった・・・・
朴正煕は、すべて見て、経験した。後に大統領になってからも、彼の側近らはただの一度も「偽造された抗日闘争史、自称抗日闘争の指導者」を褒めた言葉を聞いたことがない。
「当然」だろう。実際に見て、経験し、知り、目の当たりに兄も友人も戦友も軒並み殺されたのだから・・・・
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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