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韓国人が日本の少女暴行」米の学校教材⑨

投稿者: hyugeru29 投稿日時: 2007/01/20 09:06 投稿番号: [32749 / 85019]
体が震えた台湾を去る日
http://72.14.235.104/search?q=cache:-ShcTZHK7CoJ:www.sankei.c o.jp/seiron/koukoku/2003/0305/sitei1.html+%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%80%80%E5%BC%95%E3%81%8D%E6%8F%9A%E3%81%92%E8%80%85&hl=ja&ct=clnk&cd=5

元会社員・坂井健二(武雄市・81歳)
「思い出」とは悲しいものである。私には片時も脳裏から離れない痛恨と感動の体験がある。昭和二十一年十二月十日。台湾生まれの私は二十四歳。母国台湾との決別の日であった。最北端の基隆港に引き揚げ船は停泊していた。午前十一時、乗船。八百名の引き揚げ者は全員三三五五デッキに集まった。誰彼となく語り合った。
  敗れた祖国に山河はあるのか。我々は人生の仕切り直しが出来るのか。不安、焦燥に肩を落としていた。それでも、なにはともあれ四日後には祖国の土を踏めるのだ。一縷の安堵感に微笑みを浮かべる者が多かった。
  その時である。眼下の十八号岸壁をいつの間にか真っ黒に埋めた台湾の皆さんが一斉にハンカチを振って、「さようなら。また来て下さいね」。悲鳴にも似た絶叫である。半世紀の間、統治者として振舞った我々に対する被治者からの送別の言葉であった。
  魂にこびりついた敗戦国民の挫折と絶望は一気に吹き飛んだ。デッキの我々全員は、「ありがとう。さようなら」。本当に嬉しかった。体が震えた。この両者の号泣、慟哭の大合唱が基隆港に渦巻いた。そこには民族間の相克など微塵も無い。不離一体の同胞意識だけが存在した。
  帰国後、満州、朝鮮、ソ連から血を吐く思いの引き揚げ体験を耳にした。戦後、台湾で危害を受けた日本人は皆無である。刀折れ矢尽きた我々を温かく祖国に送り届けて頂いた台湾の皆様の至誠一筋の情愛を、私は後世に書き残したい。
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