あるのは不幸だけ
投稿者: nagoyan_2shiki 投稿日時: 2004/10/03 03:05 投稿番号: [3164 / 85019]
>根底に「友好」の概念が全くない「事実状態」を「共生」だなどとのたまっても、
>全く説得力はありません。
わしは「共生」と「友好」を分けて考えている。
互いに利用しあうドライな関係でも「共生」は「共生」として成り立つ。
「友好」は人の感情の問題だから強制はできない。
ただ、「友好」を深める方向に動いたほうが共生せざるをえない現実を前にすれば
幸せではないかとわしは思う。
>そんなもの100万回繰り返していったところで、「真の共生」など生まれるはずはない、
>これが私の信念です。
まあ、信念では仕方がない。
しかし「真の共生」とはいつ到達できるのだろう?
「恒久平和」と同じでいつになっても到達できないのではないかな?
また石井殿は「真の共生」と言っているが、
実際は「反日的な言動」がイヤなだけではないかな?
それなら分かる。
>私は、未来志向で考えて、お互いの距離を1歩ずつ引き離し、
>昔のように近くて遠い国にしていくのが、最も両国にとって幸福な状況だと固く信じるものです。>関係が全くなければトラブルの発生もありません。
ムチャクチャネガティブな考えじゃなあ(^^;
まあ、方法としてあるのは認める。
しかし、これは難しいぞ。
時流に逆行することになる。
わしが思い浮かぶ方法といえば、前投稿で書いたように
韓国が北朝鮮に飲み込まれたときぐらいじゃ。
こうなったら戦争に近い状況だろうから、共生も友好もない。
あるのは不幸だけじゃ。
これは メッセージ 3156 (koibitonoirumachikado さん)への返信です.
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