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帝国陸軍と、ラオスの旗、四人目の妹

投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/09/29 02:42 投稿番号: [3086 / 85019]
1945年3月    日本政府により仏領インドシナ解体、アンナン阮朝皇帝のもとにベトナム帝国独立、シアヌーク殿下のもとにカンボジア王国独立、を承認
1945年4月    ラオスにて、ルアンプラバン国王シー・サワン・ウォンが独立を宣言、日本政府はラオス王国の独立承認

ご指摘、おっしゃる通りです。
ラオス国旗は、恐らく日の丸の妹の一人であろうと思います。それで、「少なくとも三人」と書きました。

http://www.sarago.co.jp/nfhtm/la.html

インドシナは、本当に複雑な事情が常に絡みます。
当時(二次大戦中)、日本は、ラオスに関して、現地の邦人、或いは何故か、進駐した日本軍憲兵隊が独立派と意気投合して独立達成に尽力した歴史があります。

半面、インドシナ方面軍の本部となったタイ本営では、タイ政府が、昔、フランスに無理矢理ラオス、カンボジアを割譲させられていたので、これを奪還しようとしていたこと、また、ラオスが一部、対中国援蒋ルートの一部にあったため、ビシー系フランス政府と共同でこれを阻止していたこと。
そのため、タイと、ビシー・フランスへの遠慮から進駐、即独立に至らなかったのです。現地のカンボジア、ベトナム、ラオスでは不満が募りました。

それでも、日本軍将兵の中からも独立容認を嘆願する者も多く、45年3月、ベトナム、カンボジア独立、同年4月、ラオス独立に至ります。そのとき、日本兵、現地人らがともに涙を流して歓声を挙げたそうです。
その時に作られた国旗でありますから、自然、日の丸に関係すると思うのですが、さきほども大本営陸軍部関連の資料、師団別資料などもひっくりかえしてみましたが、国旗のことは触れられておりません。

確証もないので、敢えて触れなかったわけですが、全然関係ないと考えるのは、これまた不自然でしょう。
また、その方面にいた師団は、タイをはじめ、いづれも大変現地で人気がありましたので、かなり関係したと思います。国旗とていざ作るとなればそれなりに大変でしょうからね。

しかし、日本将兵が捕虜となり、重労働と、戦犯裁判に向かう中、まことにまことに無念なことに、

45年9月、フランスはすべての独立無効を一方的に宣言(ベトナムは日本軍が早期に去っていたため、さらに追って9月に共和国建国宣言したものの、即座に再度!無効とされました)。
同時に、フランス軍の進駐を開始、すべての現地政府の解散を命じます。そこから永い流血、戦争へと突入していきます。さらに米国、中国、ソ連が関与して、まさにインドシナ全土が殺戮の原野となるのです・・・・・・・

ラオス国王と、シアヌーク殿下は、後に、奇しくも同じように「日本軍がいた時が、一番平和で、夢があった」と回顧しております。

ラオス、カンボジア、ベトナム
この三カ国も、将来、ぜひ、日本の高校生の修学旅行先にしてもらいたいものですね!
そして、我々とともに一日も早く、こういった日本と日本軍の栄光の歴史をともに語りたいと思います!

独立とは何か?民族とは何か?植民地とは何か?独立戦争とは何か?
日本軍とは何だったのか?
そういったことを、本当に学べる場所だと思います。
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