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ビルマ・モウ元首相と新潟南魚沼郡

投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/09/28 14:18 投稿番号: [3057 / 85019]
ご紹介のhp、拝見しました。インドネシア独立の件、詳しく出ていて勉強になりました。ありがとうございました。

大東亜会議、とはまた懐かしいですね・・・・・・
反日、捏造、美化・・・・・、今度は「傀儡」、それから「断罪」ですか?・・・・


私は、ビルマのバー・モウ元首相は、大変尊敬しております。
アジアの、語るに足る政治家であり、夢のある、また、多くのビルマ人に今も愛される「活動家」(往事を知る方から伺いましたが、とても明るく元気一杯な方だったそうです)ですね。

ビルマ王朝は、英国側の用意周到、かつ悪辣な攻撃により、1886年に滅亡しましたが、モウ氏はその七年後に生まれました。利発な方で、ラングーン大学、カルカッタ大学卒業後、ケンブリッジ大学、仏ボルドー大学にも留学し、弁護士の資格と、ビルマ人としては最初の哲学博士号を得ております。本や演説草稿をみても面白くてあきませんよ。

帰国後は弁護士となり、1930年前後は英国の弾圧策に抗議する農民反乱の被告人の弁護を無償で引き受けるなど、反英独立運動の闘士として活躍、36年には、貧民党を結成。37年、最初のビルマ人首相になりました。貧しい国民層に大変な人気を博しました。

日本の敗戦不可避となると、ビルマ政府も英米側に従い、国家を守ろうとやっきになっていたため、モウ氏も遠慮して日本に亡命しました。英国側に日本で収監されますが、恩赦ですぐ出て帰国。ビルマで再び貧民のための政治に奔走しますが、今度は軍事政権と衝突、投獄されました。
77年、84歳で風雲児はこの世を去りました。

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日本に亡命していたのは、昭和20年の僅か半年なのですが、重光外相の取り計らいで空襲のない新潟県南魚沼郡六日町にて、地元の青年篤志家・今成拓三氏のもとで暮らしました。今成氏ら新潟の篤志家らが、ご本人が自ら出頭するまで、いろいろと世話をしました。

そして、月日が流れ、99年5月に、長女ティンサーモウナイ氏(73歳)、長男ザーリー・モウ氏(72歳)、次女マラ・モウ氏(70歳)の3人が、「父がずっと憧れ、尊敬し、そして、父がどん底だった時、力になってくれた日本人やゆかりの地を3人で訪ねたかった」として、来日しております。今成氏はすでに亡くなっていましたが、最後までモウ氏を懐かしがっていたそうです。

モウ氏は、ビルマに帰国後も日本、日本人の事を悪くいうことは一度もなく、多くの日本人、東京、そして匿われていた新潟県南魚沼を終生再訪したがり、それはそれはとても懐かしがっていたそうです。

私は往々にして、こういう話しが残る日本が、大変好きです。


こういう方には、
「厳しいアジア植民地闘争の中で精一杯に生き、活動した善意の英雄」、
或いは
「栄光、貧困、亡命、投獄、日本と英国、過酷な運命に翻弄されながら、決して屈せず、理想に生きた立派なビルマ人、アジアの英雄」、
というような言い方は似合いそうですが、

傀儡、とか、断罪、という言葉は、果たして似合いますかね?・・・・・・・・・
また、誰がこの方を断罪できるのでしょうか?
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