39度線分割案と、進歩なき朝鮮人
投稿者: utsukusiikuninihonn 投稿日時: 2004/09/27 13:57 投稿番号: [3003 / 85019]
38度線分割の件は、日本、米国の関与はまったくないと断言して良いと思います。この件は丁度百年前に、ロシアによって強く主張されたところから始まります。
日清戦争を戦い抜いた日本は、自らの利益とは別に、単純な希望を込めて、朝鮮民族に初めて独立をもたらしました。
さらに日英同盟も得た日本の立場は強化され、これに対してロシアは危機感を深め、将来の日本攻撃、満州、朝鮮半島全域の制覇を見越して、時の日本政府に朝鮮分割の提案をします(1903年初頭、明治36年)。
これは朝鮮の平城、元山間を結ぶ線であり、ロシアはこれを「39度線以北の中立緩衝地帯」と称しました(朝鮮政府内でロシアに買収されていた親ロシア派も同調)。
日本は、伊藤博文公が暗殺される前につき、「いかなる国といえども、他国の領土、国家を分割、翻弄することは許されるいわれはなし」として、あくまで「清国、朝鮮両国の独立および領土保全を尊重すること」と主張し、交渉は決裂に至ります。
ロシア公使ローゼンの39度線分割提案は、この前にも数度提案されており、ロシアは百年前にすでに39度線での分割が、安全保障並びに将来の攻撃に関して有利、と判断していたわけです。
奇妙な交渉ではありますね。崩壊していた朝鮮、清に替わって、伊藤博文公の下で、両国の独立、領土保全をのみ主張する日本。
そして、ロシア政府は、その陰で日本の目の前にある朝鮮・鎮海湾周辺の土地の買収を、朝鮮政府の協力のもとに素早く進めていました。
これを知った日本政府は結局、ロシアと朝鮮政府関係者と朝鮮人に、深く深く絶望します。「独立させた挙げ句の恩返しがこれか・・・」と。
あの時、朝鮮側が陰でロシアに鎮海湾の土地を売らなければ、或いは多くの日本将兵は死なずに済んだかも知れませんね・・・・・・・・
朝鮮の独立維持か、分割管理か、日本は日清戦争に続き、朝鮮のために交渉が錯綜、混乱して再び戦争に突入するハメに陥ったわけです。放っておけば裏切られ、祖国まで危なくなることは必定!
1904年2月、日露開戦・・・・・
1909年10月、伊藤博文公、無知な朝鮮人暴漢により殺される。
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丁度、百年前ですね、馬鹿げたロシアの39度線分割が提案され、陰で朝鮮政府によって支持されたのは。
スターリン時代、スターリンは歴史好きで、この当時のロシア政府の提案を調べ、「この案までは断固として最低実現すべし」とソ連外務省に、第二次大戦終了後に厳命するのです。
朝鮮人は、もはや漢字も読めず、日本語を読める人も少なく、ロシア通も少ない。歴史学者とは言え、調査能力は極めて低いものがあります。
恐らく、大統領以下、韓国政府高官も、こういう歴史に関して無知で、本当に気づいていないのだろう、知らないのだろう、と私は考えております。
いかにも朝鮮人らしい、ことではあります。
朝鮮、清国のために独立保全を主張し、各国の国家、民族の自立を守るために、あくまで妥協せず、正しく主張していた日本、伊藤博文公!
これからも子々孫々に語り継ぎましょう!
日清戦争を戦い抜いた日本は、自らの利益とは別に、単純な希望を込めて、朝鮮民族に初めて独立をもたらしました。
さらに日英同盟も得た日本の立場は強化され、これに対してロシアは危機感を深め、将来の日本攻撃、満州、朝鮮半島全域の制覇を見越して、時の日本政府に朝鮮分割の提案をします(1903年初頭、明治36年)。
これは朝鮮の平城、元山間を結ぶ線であり、ロシアはこれを「39度線以北の中立緩衝地帯」と称しました(朝鮮政府内でロシアに買収されていた親ロシア派も同調)。
日本は、伊藤博文公が暗殺される前につき、「いかなる国といえども、他国の領土、国家を分割、翻弄することは許されるいわれはなし」として、あくまで「清国、朝鮮両国の独立および領土保全を尊重すること」と主張し、交渉は決裂に至ります。
ロシア公使ローゼンの39度線分割提案は、この前にも数度提案されており、ロシアは百年前にすでに39度線での分割が、安全保障並びに将来の攻撃に関して有利、と判断していたわけです。
奇妙な交渉ではありますね。崩壊していた朝鮮、清に替わって、伊藤博文公の下で、両国の独立、領土保全をのみ主張する日本。
そして、ロシア政府は、その陰で日本の目の前にある朝鮮・鎮海湾周辺の土地の買収を、朝鮮政府の協力のもとに素早く進めていました。
これを知った日本政府は結局、ロシアと朝鮮政府関係者と朝鮮人に、深く深く絶望します。「独立させた挙げ句の恩返しがこれか・・・」と。
あの時、朝鮮側が陰でロシアに鎮海湾の土地を売らなければ、或いは多くの日本将兵は死なずに済んだかも知れませんね・・・・・・・・
朝鮮の独立維持か、分割管理か、日本は日清戦争に続き、朝鮮のために交渉が錯綜、混乱して再び戦争に突入するハメに陥ったわけです。放っておけば裏切られ、祖国まで危なくなることは必定!
1904年2月、日露開戦・・・・・
1909年10月、伊藤博文公、無知な朝鮮人暴漢により殺される。
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丁度、百年前ですね、馬鹿げたロシアの39度線分割が提案され、陰で朝鮮政府によって支持されたのは。
スターリン時代、スターリンは歴史好きで、この当時のロシア政府の提案を調べ、「この案までは断固として最低実現すべし」とソ連外務省に、第二次大戦終了後に厳命するのです。
朝鮮人は、もはや漢字も読めず、日本語を読める人も少なく、ロシア通も少ない。歴史学者とは言え、調査能力は極めて低いものがあります。
恐らく、大統領以下、韓国政府高官も、こういう歴史に関して無知で、本当に気づいていないのだろう、知らないのだろう、と私は考えております。
いかにも朝鮮人らしい、ことではあります。
朝鮮、清国のために独立保全を主張し、各国の国家、民族の自立を守るために、あくまで妥協せず、正しく主張していた日本、伊藤博文公!
これからも子々孫々に語り継ぎましょう!
これは メッセージ 2983 (yasu1216 さん)への返信です.
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