福沢諭吉のアジア認識
投稿者: hyugeru29 投稿日時: 2005/11/06 23:46 投稿番号: [17978 / 85019]
福沢諭吉のアジア認識
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2001/3/0314/51.htm
戦後日本を代表する政治学者・丸山真男(1914〜96年)を筆頭に、初期の福沢は国と国との関係は平等という国家平等論者であったと理解されている。ところが、1874年の台湾出兵について福沢は「遂に支那(しな)をして50万テールの償金を払はしむるに至たるは国のために祝(しゅく)す可(べ)し。…誰か意気揚々たらざる者あらん。」と書き、「そもそも戦争は国の栄辱(えいじょく)の関する所、国権の由(よっ)て盛衰を致す所」と主張した。翌年の江華島事件では、「小野蛮国」の朝鮮が「来朝して我属国と為るも、尚之(なおこれ)を悦(よろこ)ぶに足らず」と説き、彼は、国際関係の現実は「切捨」御免(ごめん)、「パワー・イズ・ライト」の関係にあると主張した。
福沢は中国人を「チャンチャン」呼ばわりする先頭にたち、中国人を幕末以来「乞食穢多(こじきえた)、ボウフラ【注】 、豚、豚尾児、怯懦卑屈(きょうだひくつ)、烏合(うごう)の衆、軟弱無廉恥、無知蒙昧(むちもうまい)の蛮民(ばんみん)、土人(どじん)」などと侮辱しただけでなく、アヘン戦争のさいの中国の民族的英雄・林則徐(リン・ソクジョ)についても、「知慧(ちえ)なしの短気者」と侮辱した。
日本の国家権力と民間が一体となって朝鮮の内政に武力介入した甲申政変(こうしんせいへん)では、福沢はクーデターの武器提供まで担い、天皇の「御親征」と北京攻略まで要求する激烈な開戦論のために、彼の新聞(時事新報)の社説が2度検閲・削除されただけでなく、同紙の発行停止処分さえ受けた。
【注】 ぼうふら=水たまりにいる、蚊の幼虫。赤色をしており、からだを曲げのばしして泳ぐ。
【軟弱無廉恥の国民】
日清戦争を「朝鮮の文明」推進のためと主張し、武力行使をするのは、朝鮮人が「軟弱無廉恥(なんじゃくむれんち)の国民」だからと、相手に責任を転嫁した。そのため福沢は、痛ましいまでのアジアへの侮べつ・偏見を、「朝鮮人…上流は腐儒の巣窟(そうくつ)、下流は奴隷の群衆」「朝鮮国…国にして国に非ず」「朝鮮…人民は牛馬豚犬に異ならず」「南洋の土人にも譲らず」「チャンチャン…皆殺しにするは造作もなきこと」「老大腐朽(ろうだいふきゅう)の支那国」「支那…溝にボウフラの浮沈するが如し」「支那兵…豚狩りの積りにて」などと垂れながした。
①朝鮮王宮占領②旅順虐殺事件③閔妃殺害④台湾征服戦争という公刊戦史からは隠されている日清戦争の不義・暴虐を象徴する全事件について、福沢は、もっぱらそれを隠ぺい・擁護・合理化・激励する最悪の戦争報道を担った。例えば、朝鮮の王妃殺害という言語道断の重大犯罪を、彼は閔妃が殺されても当然の人物という物語を英文で創作し、アメリカの新聞に掲載しようとした。
筆者の近著で、日本人読者が一番驚くのは、存命していたならば、福沢が日本軍性奴隷=「従軍慰安婦」制度に反対することはおよそあり得なかったという指摘であろう。
過去の誤った研究への復帰
同時代人からは「法螺(ホラ)を福沢、嘘を諭吉」と非難され、「我日本帝国ヲシテ強盗国ニ変ゼシメント謀ル」福沢の道のりは、「不可救(ふかきゅう)ノ災禍(さいか)ヲ将来ニ遺(のこ)サン事必セリ」というきびしい批判を受けたのは当然である。ところが、近年、この福沢諭吉を「東アジアで再評価の動き」という報道(日本経済新聞・2月17日付)もある。
残念ながら、福沢の「独立自尊」は「万世一系の帝室」尊崇(そんすう)を自明の前提にしており、彼の「一身独立」が「国のためには財を失ふのみならず、一命をも抛(なげうち)て惜むに足ら」ない「報国の大義」であることを見落とした日本の過去の誤った研究への復帰にすぎない。
いくら個人の独立が望まれているからといって、アジアべっ視と侵略を先導した人物の再評価とは、痛ましい限りである。
>調べれば調べるほど。
>福沢諭吉は、徹底的な「タカ派」。それも、非情なまでの「タカ派」……。
>現代に生きていれば、戦争犯罪を言う特定Asiaを叩き切ると思いました…。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2001/3/0314/51.htm
戦後日本を代表する政治学者・丸山真男(1914〜96年)を筆頭に、初期の福沢は国と国との関係は平等という国家平等論者であったと理解されている。ところが、1874年の台湾出兵について福沢は「遂に支那(しな)をして50万テールの償金を払はしむるに至たるは国のために祝(しゅく)す可(べ)し。…誰か意気揚々たらざる者あらん。」と書き、「そもそも戦争は国の栄辱(えいじょく)の関する所、国権の由(よっ)て盛衰を致す所」と主張した。翌年の江華島事件では、「小野蛮国」の朝鮮が「来朝して我属国と為るも、尚之(なおこれ)を悦(よろこ)ぶに足らず」と説き、彼は、国際関係の現実は「切捨」御免(ごめん)、「パワー・イズ・ライト」の関係にあると主張した。
福沢は中国人を「チャンチャン」呼ばわりする先頭にたち、中国人を幕末以来「乞食穢多(こじきえた)、ボウフラ【注】 、豚、豚尾児、怯懦卑屈(きょうだひくつ)、烏合(うごう)の衆、軟弱無廉恥、無知蒙昧(むちもうまい)の蛮民(ばんみん)、土人(どじん)」などと侮辱しただけでなく、アヘン戦争のさいの中国の民族的英雄・林則徐(リン・ソクジョ)についても、「知慧(ちえ)なしの短気者」と侮辱した。
日本の国家権力と民間が一体となって朝鮮の内政に武力介入した甲申政変(こうしんせいへん)では、福沢はクーデターの武器提供まで担い、天皇の「御親征」と北京攻略まで要求する激烈な開戦論のために、彼の新聞(時事新報)の社説が2度検閲・削除されただけでなく、同紙の発行停止処分さえ受けた。
【注】 ぼうふら=水たまりにいる、蚊の幼虫。赤色をしており、からだを曲げのばしして泳ぐ。
【軟弱無廉恥の国民】
日清戦争を「朝鮮の文明」推進のためと主張し、武力行使をするのは、朝鮮人が「軟弱無廉恥(なんじゃくむれんち)の国民」だからと、相手に責任を転嫁した。そのため福沢は、痛ましいまでのアジアへの侮べつ・偏見を、「朝鮮人…上流は腐儒の巣窟(そうくつ)、下流は奴隷の群衆」「朝鮮国…国にして国に非ず」「朝鮮…人民は牛馬豚犬に異ならず」「南洋の土人にも譲らず」「チャンチャン…皆殺しにするは造作もなきこと」「老大腐朽(ろうだいふきゅう)の支那国」「支那…溝にボウフラの浮沈するが如し」「支那兵…豚狩りの積りにて」などと垂れながした。
①朝鮮王宮占領②旅順虐殺事件③閔妃殺害④台湾征服戦争という公刊戦史からは隠されている日清戦争の不義・暴虐を象徴する全事件について、福沢は、もっぱらそれを隠ぺい・擁護・合理化・激励する最悪の戦争報道を担った。例えば、朝鮮の王妃殺害という言語道断の重大犯罪を、彼は閔妃が殺されても当然の人物という物語を英文で創作し、アメリカの新聞に掲載しようとした。
筆者の近著で、日本人読者が一番驚くのは、存命していたならば、福沢が日本軍性奴隷=「従軍慰安婦」制度に反対することはおよそあり得なかったという指摘であろう。
過去の誤った研究への復帰
同時代人からは「法螺(ホラ)を福沢、嘘を諭吉」と非難され、「我日本帝国ヲシテ強盗国ニ変ゼシメント謀ル」福沢の道のりは、「不可救(ふかきゅう)ノ災禍(さいか)ヲ将来ニ遺(のこ)サン事必セリ」というきびしい批判を受けたのは当然である。ところが、近年、この福沢諭吉を「東アジアで再評価の動き」という報道(日本経済新聞・2月17日付)もある。
残念ながら、福沢の「独立自尊」は「万世一系の帝室」尊崇(そんすう)を自明の前提にしており、彼の「一身独立」が「国のためには財を失ふのみならず、一命をも抛(なげうち)て惜むに足ら」ない「報国の大義」であることを見落とした日本の過去の誤った研究への復帰にすぎない。
いくら個人の独立が望まれているからといって、アジアべっ視と侵略を先導した人物の再評価とは、痛ましい限りである。
>調べれば調べるほど。
>福沢諭吉は、徹底的な「タカ派」。それも、非情なまでの「タカ派」……。
>現代に生きていれば、戦争犯罪を言う特定Asiaを叩き切ると思いました…。
これは メッセージ 17977 (hyugeru29 さん)への返信です.
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