分かりやすい民族史
投稿者: mcpaghd9 投稿日時: 2005/10/06 19:34 投稿番号: [17291 / 85019]
川を隔てて、仲の良い兄弟一家が住んでいました。ところが兄の家にある日
無頼の輩が押しかけてきます。あわてて兄一家は川向こうの弟一家の家に
引っ越しました。
この無頼漢は家具や電化製品を壊し、便所も使えず、家中に糞尿を
撒き散らかしました。しかも、炊事の不始末や寝タバコで度々ボヤ騒ぎを
起こしました。
一方、兄弟は互いに助け合い、暮らし振りも安定して、町内でも有名な篤志家
として評判になりました。
それを知った無頼漢は「こんなぼろ屋に暮らしてあげているのに挨拶もない。
しかも、引っ越した時備え付けの家電製品を持ち出しただろう!
あやまって、金を出せ!」と言いがかりをつけまくっています。
ふとんを日干しするときには、ふとんたたきで大きな音を出し、「謝罪しろ!」、
「金を出せ!」と大声で連呼するのを常としています。
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日本が漢字を導入する以前の古代文明の遺産を引き継いでいる証拠として、
当て字があるとの説を唱えている専門家がいます。例としては「大和」は
「ヤマト」であり、「百済」は「クダラ」と読みます。百済とは人的交流も
あったのは事実で、多くの日中の史記に記されています。しかし、現在の
韓国にはわずかな礎石以外百済に関する文物は何も残っていません。
大陸の覇道の当然のルールとして、百済の民はジェノサイトされ、または
奴婢として完全に歴史の闇の中に埋没してしまったからです。
韓国では「百済」は音読みされ、その漢字もまた棄て去られようとしています。
これは メッセージ 17286 (jyouzu_no_yokozuki さん)への返信です.
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