囃してはいないと思います
投稿者: bell45a 投稿日時: 2005/05/25 11:56 投稿番号: [11753 / 85019]
>日本でいえば学生運動時代の闘士であり、階級闘争史観に基づき李氏朝鮮時代を批判し、対して当時の親日勢力を革命闘士として評価しているのだと思います。
半分当たっていると思います。
私も、あの、「ブルジョア革命だった」(プチブル革命だったと言わない辺りは純真な感じがして初々しい)とか、言葉使いで、「そんな奇妙な言葉を使わなくても」と思います。
ああいう言葉は、さっさとゴミ箱に捨てれば良いと思います。
単に、腐敗無能な当時の韓国政府(今も変わらないが)を、知識人、有識者、愛国者が富裕層、貧民を問わず、運動して倒そうとしていた、と表現すればいいだけではないか?と感じます。
これは、当時の正論の中などでも、語られていましたから、囃しているのではないと思います。
しかし、朝鮮史そのものを構造的に、分析的に見ている、客観的にみている点は、似てはいますが、呉善花教授や、他の韓国人歴史家、著述家より文章、指摘点、分析内容は確かに優れていると思います。
私は、一番その点では優れていると評価しています。
正論とかも、そういった点に着目していたと記憶しています。
そのまま、左翼言葉を残して掲載した点も、私は、色々な表現を認めるという点でかえって良いと思いました。
こういう書き方も、ありだな、と。
何より、短い文章の中で、あれだけ、明確に、要点をしっかりまとめて書く構成力、説明内容は、日本人も含めて誰よりも上だと思います。
似ているといったら、台湾人の黄文雄氏くらいでしょうか?
一番惜しいと思うのは、彼の言うところの「朝鮮の革命勢力」(例えば一進会など)が、玄洋社、犬養毅、福沢諭吉、内田良平など、日本人の影響、支援でかなり動いていた点が抜け落ちている点です。
わざとなのか、知らずしてなのかは分かりませんが・・・・
これは メッセージ 11751 (chopper8111362 さん)への返信です.
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