捏造と妄想なしの、朝鮮近代史と日本
投稿者: bell45a 投稿日時: 2005/05/24 15:01 投稿番号: [11734 / 85019]
【過去日本が朝鮮におこなった善意をあるがままに受け取ったなら、韓国人が日本に対して悪い感情を持つことはなくなるだろう。
韓国人に存在する反日感情は韓国政府の意図的な歴史歪曲から始まったものである。私は歴史を歪曲しているのは日本ではなく韓国だと思う。これは国際社会の一般的な視覚でもある。
私たちは歪曲された教育によって、韓日保護協約(1905年)と日韓併合(1910年)が日本の強圧によって締結されたものであると思っているが、事実は全く違う。
日本と合併することだけが朝鮮が文明開化と近代化を達成できる唯一最善の道であった点については当時朝鮮の心ある改革勢力の間に暗黙の合意があったと思われる。
この大韓帝国内部の強力な世論に従い、日本は合法的な手続きを経て統治権を接収したとみるのが妥当ではないだろうか。
その最も有力な証拠は1904年に結成された一進会である。
この団体は東学と独立協会が連合して朝鮮王朝と守旧反動勢力を倒し、日本と連帯して文明開化という朝鮮革命の時代的課題を成し遂げるために結成された、我が国の歴史上最初の近代的な大衆政治組織であった。
しかしこのような事実は韓国社会で徹底して隠蔽され、韓国政府は一進会に対して日本が少数親日派を糾合して結成した御用エセ団体と歪曲して教育している。
東学教徒と行商人たちは進歩会を結成し、初年だけで全国で38万の組織人員を数えるに至った。
進歩会はその後名称を一進会と変え、独立協会系の開化勢力と連合して日韓合併と開化啓蒙運動を展開した。
一時期百万人を超える膨大な組織を持った彼らは、自ら黒い服を着て髪を短く刈り、外見で簡単に区別がついたため、保守反動勢力の集中攻撃の対象となったのである。
一進会は結成以来日本との合併を推進したが、それによって反革命勢力と内線で多くの会員が殺害され建物が破壊されるという犠牲を払わなければならなかった。
今日韓国で一進会を「親日団体」だと非難し、反動暴徒を義兵と褒め称えることは歴史を逆に解釈する過ちといえる。
自ら韓日保護協定締結を主導し朝鮮の初代統監となった伊藤博文は政治的、財政的に日本に負担になる朝鮮合併を決して望まなかった。
合併は一進会などの朝鮮の革命勢力が請願したことであったが、安重根の伊藤暗殺により日本の世論は急速に合併に傾いた。安重根は自分が望まない方向に愛国を実現したわけだ。
日本の統治により朝鮮は多くの発展を成し遂げた。
30年余りの間に一千万人足らずの人口が二千五百万人に増え、平均寿命は24歳から45歳に伸び、未開の農業社会だった朝鮮は短期間に近代的な資本主義社会に変貌した。
日本本土からは優秀な教師が赴任し朝鮮人を教育し、年毎に日本政府からの莫大な規模の資金が流入し各種社会基盤施設が建設されたのである。
1920年代には日本へのコメ輸出で朝鮮には大金持ちが続出し、その基礎の上に民族資本が現れるようになった。
韓国人は日本のこのような貢献を認めようとせず、認める人でもそれが日本という外勢によって起きた他律的な成果だという理由でその意味を過小評価している。
しかし振り返ってみると朝鮮は人類の歴史上唯一無二の儒教原理主義社会であった。
その儒教的戒律の精巧さと厳格さは今日のイスラム原理主義など比較の対象にならないほどである。
従って今日イスラム原理主義がイスラム社会に与えている悪影響について少しでも認識が及ぶ人であれば、朝鮮の儒教原理主義が外勢の影響が排除された状態で自発的に消滅しただろうとは言えないはずだ。
20世紀初め、外勢による改革、それも日本統治による徹底した精算作業がなかったなら、今日の朝鮮半島は世界中で最も未開な地域の一つに留まっていただろう。
だから日本時代は私たちにとって幸運であり祝福であったとすることはできても、覚えておきたくない、あるいは認めたくない不幸な過去だと言えるはずはないのである。
最近「パール・ハーバー」という映画を見ながら私は日本軍を応援している自分を発見した。
60年も前に大規模な空母船団を率いて地球の反対側まで出征し米国の太平洋艦隊を叩き潰した日本という国の偉大さに私は感動と戦慄を覚えざるを得なかった。
そのときは朝鮮も日本の一部であったし、私たちの父祖も日本人として戦争に参加し応援したことが明らかなのに、なぜ今日韓国人は日本と米国の戦争で米国を応援しているのだろう。
このような現実は日本帝国の領土だった韓国と日本が今日まで米国に占領されているため強要されたくびきに過ぎず、どう見ても好ましいとか当然だと思えたことではない。
私たちは韓国関係、特に私たちの日本に対する態度について全面的な
韓国人に存在する反日感情は韓国政府の意図的な歴史歪曲から始まったものである。私は歴史を歪曲しているのは日本ではなく韓国だと思う。これは国際社会の一般的な視覚でもある。
私たちは歪曲された教育によって、韓日保護協約(1905年)と日韓併合(1910年)が日本の強圧によって締結されたものであると思っているが、事実は全く違う。
日本と合併することだけが朝鮮が文明開化と近代化を達成できる唯一最善の道であった点については当時朝鮮の心ある改革勢力の間に暗黙の合意があったと思われる。
この大韓帝国内部の強力な世論に従い、日本は合法的な手続きを経て統治権を接収したとみるのが妥当ではないだろうか。
その最も有力な証拠は1904年に結成された一進会である。
この団体は東学と独立協会が連合して朝鮮王朝と守旧反動勢力を倒し、日本と連帯して文明開化という朝鮮革命の時代的課題を成し遂げるために結成された、我が国の歴史上最初の近代的な大衆政治組織であった。
しかしこのような事実は韓国社会で徹底して隠蔽され、韓国政府は一進会に対して日本が少数親日派を糾合して結成した御用エセ団体と歪曲して教育している。
東学教徒と行商人たちは進歩会を結成し、初年だけで全国で38万の組織人員を数えるに至った。
進歩会はその後名称を一進会と変え、独立協会系の開化勢力と連合して日韓合併と開化啓蒙運動を展開した。
一時期百万人を超える膨大な組織を持った彼らは、自ら黒い服を着て髪を短く刈り、外見で簡単に区別がついたため、保守反動勢力の集中攻撃の対象となったのである。
一進会は結成以来日本との合併を推進したが、それによって反革命勢力と内線で多くの会員が殺害され建物が破壊されるという犠牲を払わなければならなかった。
今日韓国で一進会を「親日団体」だと非難し、反動暴徒を義兵と褒め称えることは歴史を逆に解釈する過ちといえる。
自ら韓日保護協定締結を主導し朝鮮の初代統監となった伊藤博文は政治的、財政的に日本に負担になる朝鮮合併を決して望まなかった。
合併は一進会などの朝鮮の革命勢力が請願したことであったが、安重根の伊藤暗殺により日本の世論は急速に合併に傾いた。安重根は自分が望まない方向に愛国を実現したわけだ。
日本の統治により朝鮮は多くの発展を成し遂げた。
30年余りの間に一千万人足らずの人口が二千五百万人に増え、平均寿命は24歳から45歳に伸び、未開の農業社会だった朝鮮は短期間に近代的な資本主義社会に変貌した。
日本本土からは優秀な教師が赴任し朝鮮人を教育し、年毎に日本政府からの莫大な規模の資金が流入し各種社会基盤施設が建設されたのである。
1920年代には日本へのコメ輸出で朝鮮には大金持ちが続出し、その基礎の上に民族資本が現れるようになった。
韓国人は日本のこのような貢献を認めようとせず、認める人でもそれが日本という外勢によって起きた他律的な成果だという理由でその意味を過小評価している。
しかし振り返ってみると朝鮮は人類の歴史上唯一無二の儒教原理主義社会であった。
その儒教的戒律の精巧さと厳格さは今日のイスラム原理主義など比較の対象にならないほどである。
従って今日イスラム原理主義がイスラム社会に与えている悪影響について少しでも認識が及ぶ人であれば、朝鮮の儒教原理主義が外勢の影響が排除された状態で自発的に消滅しただろうとは言えないはずだ。
20世紀初め、外勢による改革、それも日本統治による徹底した精算作業がなかったなら、今日の朝鮮半島は世界中で最も未開な地域の一つに留まっていただろう。
だから日本時代は私たちにとって幸運であり祝福であったとすることはできても、覚えておきたくない、あるいは認めたくない不幸な過去だと言えるはずはないのである。
最近「パール・ハーバー」という映画を見ながら私は日本軍を応援している自分を発見した。
60年も前に大規模な空母船団を率いて地球の反対側まで出征し米国の太平洋艦隊を叩き潰した日本という国の偉大さに私は感動と戦慄を覚えざるを得なかった。
そのときは朝鮮も日本の一部であったし、私たちの父祖も日本人として戦争に参加し応援したことが明らかなのに、なぜ今日韓国人は日本と米国の戦争で米国を応援しているのだろう。
このような現実は日本帝国の領土だった韓国と日本が今日まで米国に占領されているため強要されたくびきに過ぎず、どう見ても好ましいとか当然だと思えたことではない。
私たちは韓国関係、特に私たちの日本に対する態度について全面的な
これは メッセージ 11733 (shamisengai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019565/4z9q_1/11734.html