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ドイツと日本を比較する愚

投稿者: yoku_wakaranzo_ooi 投稿日時: 2005/04/27 00:57 投稿番号: [10431 / 85019]
「ドイツはきちんと反省・謝罪しているのに、日本はしていない」と言われることがあります。その「ドイツが反省している証拠」としてよく引き合いに出されるのが、1985年のヴァイツゼッカー大統領(当時)の演説「荒野の40年」です。
あの「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」というフレーズで有名なスピーチです。

この演説の中で、同大統領はこう言っています。

「(ドイツの)一民族全体に罪がある、もしくは(一民族全体が)無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的ではなく個人的なものであります。

今日の(ドイツ)人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは、自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。

ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが『悔い改めの時に着る荒布の質素な服』を身にまとうよう期待することは、感情をもった人間にできることではありません。しかしながら、先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります」

また、同大統領は朝日新聞のインタビューでこう語っています。

「人は、自分に罪がないことにも、責任をとることができる。たとえば、私の自動車を他人が運転して事故を起こしても、私は賠償責任を負う」

つまり、「ドイツは自分の自動車をナチスに運転されたのだ。事故の責任は負うが、自分たちに罪はない」ということです。

理にかなっていると思いますが、「ヒットラーとナチスを選挙で当選させたのはドイツ民衆では?『民主的に』独裁者を生み出した国民の責任は?」とも思います。

ドイツ人に罪がないのであれば、なぜ日本人が罪を負うべきなのでしょう。

また、この演説を「証拠」にして「ドイツは日本と違ってきちんと反省している」と言う人々の考え方もよくわかりません。
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