(タイトルなし)
投稿者: monaluda 投稿日時: 2004/10/06 11:35 投稿番号: [170 / 3394]
おはようございます。
冤罪、無くなることを願いつつ無くなることが無い。
日経はかなり痛烈に皮肉ってますね(w)。
例えば。
冤罪は、疑われた人の人権が損なわれるだけではありません。
警察の「思い込み捜査」によって、被害者の家族は、犯人ではない人物を恨み続けることになる。
日本の裁判は長いですから、長期間恨み続けた挙句、被告無罪とされた時、それも警察の「思い込み捜査」の自白強要によるものだと知った時の、被害者の家族を支えるものはあるのでしょうか?
被害者の会等のそういう団体に任せるのではなく。
冤罪は被疑者だけでなく、被害者の家族の人権をも損なうものだと思います。
おかしな言い方ですが、
警察は唯一「疑うこと」が認められている職業かもしれません。
本来ならば「信じられる事を探す」職業になって欲しいものですが(w)。
民間で問題が暴露されたら、経営者が揃って頭を下げて「謝罪」する姿がTVに映りますよね。
本気で謝ってるのかとか、頭下げるのはタダだからとか、色々感想はその度に違いますが、飯田の事件では警察はそれすらしようとしないのですね。
謝罪の態度を権威の失墜ととる前に、思い込み捜査によって冤罪を引き起こす無責任さこそ権威の失墜と感じて欲しいものです。
でも、
「責任(好きでない言葉だけど)とは何か」がわかっていない人が多くて困る(w)。
「責任を<とれない>人が多い」と言うけれど、本当は「責任を<とらない>人が多い」のです。
何が言いたいのか分からない文章ばかりですが・・・。
では。
これは メッセージ 163 (peekaboofrom8jo さん)への返信です.
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