クロワッサンとトルコの国旗<続きの続き
投稿者: karahindiba90 投稿日時: 2004/12/06 22:14 投稿番号: [1525 / 3394]
考察:
以上の由来譚はいつ誰によって語られ始めたのか分からないのだが、最も遠くさかのぼる由来譚は、紀元前336年(マケドニアのフィリップ二世の没年)以前について語り、ビザンチウム(今のイスタンブール)の紋章が三日月である由来を述べる。ギリシアの植民市であったビザンチウムをイスラム国家トルコの前身として、連続性を主張するのは、それが現在のトルコの要都であっても、多少奇異な感じがするが、イスラム世界が地中海ヘレニズム文明の継承者として中世ヨーロッパのキリスト教世界と対峙していたことを考えると、トルコないしイスラムの視点が理解できるような気がする。
オスマントルコ建国の父であるエルトゥグルルが、スルタンに対する服従の印としてスルタンの三日月旗を使用し、その子オスマンがその旗を踏襲したとの由来譚は、三日月の旗の由来を既成のイスラムの旗に求めている点で他と異なる。イスラムの三日月旗の由来は、イスラム(暦)にとっての新月の意味と関係があるのかも知れないが、それについては私には知識がなく、調べる余裕もなかった。
オスマン一世が、夢で、空に広がっていく三日月を見て、コンスタンチノープルへの版図拡大の予示と見なしたという由来譚と、キリスト教徒を破ったコソヴォの戦いの血の海に映った三日月と星をメフメト二世が旗にしたという由来譚は、それぞれ独立に語られているのだが、どちらもいかにも由来譚らしく、三日月の由来としては唐突な感じがする。
由来譚では陥落の夜、三日月と星が輝いたことになっている一方、コンスタンチノープルの陥落に伴って三日月に星をあしらった同市の旗が、そのままオスマントルコによって使用された可能性が指摘されている。
三日月と星を配した旗の使用は、ビザンチウムの紋章を起源とするものと、イスラムの三日月旗を起源とするものとの少なくとも二つの流れがあるように思われる。イスラムの三日月旗がビザンチウムの紋章と関係があるのかどうか、明らかにすることは出来なかった。
長すぎて3つに別れてしまいました。
失礼しました・・・。
これは メッセージ 1523 (karahindiba90 さん)への返信です.
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