クロワッサンとトルコの国旗
投稿者: karahindiba90 投稿日時: 2004/12/06 22:11 投稿番号: [1522 / 3394]
モナルダさ〜ん、こんばんは!
トルコの国旗の由来が血の色?
聞いたことがないのですが・・・どこにあったの?
国旗の意味や由来など・・・下記をご覧下さい。
【 国旗の意味や由来など 】
救国の伝説からとられた三日月と星は、民族の進歩と国家の独立を象徴し、赤色はオスマン朝の色とされている。 トルコ国旗は、通称「新月旗」とも呼ばれている。
『クロワッサンとトルコの国旗』
クロワッサンの由来を扱った縁起譚に次のようなものがある。1686年、ブダペスト攻防戦でパン職人が、城壁の下を掘ろうとしたオスマントルコの活動の物音を聞きつけて市を救い、トルコ国旗の三日月をかたどったパンを作るようになったというものである。
話としては面白いが、あくまでも縁起譚であって、史実とは自ずから別のものであることを忘れると、誤った歴史認識を持つことになってしまう。史実と、伝説をきちんと区別するために、インターネットを利用してトルコ大使館や、質問回答ウエブサイトのボランティアへの問い合わせを行ったり、関連ウエブサイトでトルコ国旗関連事項を調べたりした。以下に、関連のある史実、類似点のある縁起譚等をまとめる。
1. 1686年トルコ軍がブタペストに攻め寄せてきたような英文を載せている高校用英語教科書があるが、史実はそれまで150年間にわたってブタペストはトルコに占領されており、この年オーストリア軍に奪還されたが、熾烈な戦いのためブタペストは荒廃した、ということである。
2. クロワッサンの由来譚は、他にウイーンを舞台にした同様のものがある。
3. クロワッサンのような形をしたロールパンは実際には上記の由来譚の年代よりも遙かに古くから作られてきた。したがって、このクロワッサン由来譚はあくまでも由来譚以上のものではない。
4. トルコ国旗の三日月の由来については、現トルコの要都イスタンブール(当時はビザンチウム)を攻略しようとしたマケドニアのフィリップ二世が、城壁の下を掘ろうとしたが三日月に照らされて失敗し、ビザンチウムはこのため三日月を市の紋章としたとする伝説がある。
5. イスラム圏では、旗は旗竿が右に来た状態が本来の姿とされていたが、おそらく20世紀になってから、旗竿を左に置く西ヨーロッパの慣例に合わせて、左右を逆にして表示されるようになった。
6. ブダペストの攻防戦にまつわるクロワッサン由来譚は、1686年にオーストリア軍がブダペストを奪還した時を想定しているので、この時にはオスマントルコの旗は、由来譚に従えば、三日月と星であったことになる。
7. 現トルコ国旗の紋章も含めて、イスラムの紋章としての三日月は新月であること、新月は尖端が東、すなわち北半球では観察者にとっての左を向いていること、トルコの国旗は旗竿を右に置いたとき本来の意匠となるように製作されていることから、前出の高校用英語教科書の、三日月の尖端が旗竿の方を向いている挿し絵は三日月の向きが逆である。
8. トルコの国旗の由来については様々の伝説がある。そのバリエーションを含めて入手先から得たままの形で、以下に記す。
トルコの国旗の由来が血の色?
聞いたことがないのですが・・・どこにあったの?
国旗の意味や由来など・・・下記をご覧下さい。
【 国旗の意味や由来など 】
救国の伝説からとられた三日月と星は、民族の進歩と国家の独立を象徴し、赤色はオスマン朝の色とされている。 トルコ国旗は、通称「新月旗」とも呼ばれている。
『クロワッサンとトルコの国旗』
クロワッサンの由来を扱った縁起譚に次のようなものがある。1686年、ブダペスト攻防戦でパン職人が、城壁の下を掘ろうとしたオスマントルコの活動の物音を聞きつけて市を救い、トルコ国旗の三日月をかたどったパンを作るようになったというものである。
話としては面白いが、あくまでも縁起譚であって、史実とは自ずから別のものであることを忘れると、誤った歴史認識を持つことになってしまう。史実と、伝説をきちんと区別するために、インターネットを利用してトルコ大使館や、質問回答ウエブサイトのボランティアへの問い合わせを行ったり、関連ウエブサイトでトルコ国旗関連事項を調べたりした。以下に、関連のある史実、類似点のある縁起譚等をまとめる。
1. 1686年トルコ軍がブタペストに攻め寄せてきたような英文を載せている高校用英語教科書があるが、史実はそれまで150年間にわたってブタペストはトルコに占領されており、この年オーストリア軍に奪還されたが、熾烈な戦いのためブタペストは荒廃した、ということである。
2. クロワッサンの由来譚は、他にウイーンを舞台にした同様のものがある。
3. クロワッサンのような形をしたロールパンは実際には上記の由来譚の年代よりも遙かに古くから作られてきた。したがって、このクロワッサン由来譚はあくまでも由来譚以上のものではない。
4. トルコ国旗の三日月の由来については、現トルコの要都イスタンブール(当時はビザンチウム)を攻略しようとしたマケドニアのフィリップ二世が、城壁の下を掘ろうとしたが三日月に照らされて失敗し、ビザンチウムはこのため三日月を市の紋章としたとする伝説がある。
5. イスラム圏では、旗は旗竿が右に来た状態が本来の姿とされていたが、おそらく20世紀になってから、旗竿を左に置く西ヨーロッパの慣例に合わせて、左右を逆にして表示されるようになった。
6. ブダペストの攻防戦にまつわるクロワッサン由来譚は、1686年にオーストリア軍がブダペストを奪還した時を想定しているので、この時にはオスマントルコの旗は、由来譚に従えば、三日月と星であったことになる。
7. 現トルコ国旗の紋章も含めて、イスラムの紋章としての三日月は新月であること、新月は尖端が東、すなわち北半球では観察者にとっての左を向いていること、トルコの国旗は旗竿を右に置いたとき本来の意匠となるように製作されていることから、前出の高校用英語教科書の、三日月の尖端が旗竿の方を向いている挿し絵は三日月の向きが逆である。
8. トルコの国旗の由来については様々の伝説がある。そのバリエーションを含めて入手先から得たままの形で、以下に記す。
これは メッセージ 1501 (monaluda さん)への返信です.
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