『論語』に「本(もと)立ちて道生ず」
投稿者: b4dstyvd 投稿日時: 2010/12/26 05:22 投稿番号: [1060 / 1115]
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CHABANをいつまでも引きずるな
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WATABESHOICHI書下ろしNEWSLETTER 平成22年12月10日
『論語』に「本(もと)立ちて道生ず」という言葉がある。
特に昨今は、まったくその通りだなあ、と痛切に思う。
戦後の日本は「本」を立てなかったのだ。
「本」がグラグラしているから道が生じず、ついには現在のどん詰まりの
ような状況に至っている、というわけである。
国家の「本」とは何か。憲法である。
憲法というと多くは第9条を思い浮かべる。
だが、それよりも根本的であり議論しなければならないのは、
憲法公布に際しての昭和天皇の勅語であり、憲法の前文である。
ここに憲法問題のすべてが凝縮している、と言っていい。
昭和21年11月3日、憲法公布に際して昭和天皇は勅語を出された。
全文を記す。
「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、
深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第七十三条による
帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名御璽(ぎょめいぎょじ)」
昭和21年という時点を多少でも知る人ならば、当時は進駐軍の命令に
よって憲法についての議論は一切、厳しく禁止されていたことを知っている。
議論が禁止されていて、国民の総意が形成されるはずがない。
誰でもわかる理屈である。
新憲法は進駐軍が制定し、公布、施行を強制した以外の何ものでもない。
だが、それを昭和天皇は「国民の総意に基いて」と言わなければならなかった。
そう言わされたのだ。
それはポツダム宣言受諾に、「subject to」という文言がついていたからである。
これは「〜従う」という意味だが、
昭和天皇は進駐軍に隷従せざるを得ないお立場だったのだ。
戦争に負ける、というのはこういうことなのである。
昭和天皇の悔しさを思うべきである。
また昭和天皇の勅語は、新憲法が大日本帝国憲法の改正、
という形をとっていることを教えてくれる。
終戦の昭和20年8月15日以後も進駐軍は大日本帝国憲法に基いて
統治を行ったのかといえば、まったくそんなことはない。にもかかわらず、
帝国議会の議決を経たという形にして、新憲法の正当化を図っている。
このことは憲法学者もあまり触れたがらない部分だが、
まったくの茶番というほかはない。
東京裁判は判事、検事、弁護人といった法廷の形だけ整え、その実、
何の法律にも基かずに、ただただ日本を悪として断罪した茶番劇である。
日本は新憲法と東京裁判と、二大茶番劇に縛られて戦後の半世紀以上を
過ごしてきたのだ。「本」が立っていないのだ。
つづく
WATABESHOICHI書下ろしNEWSLETTER 平成22年12月10日
『論語』に「本(もと)立ちて道生ず」という言葉がある。
特に昨今は、まったくその通りだなあ、と痛切に思う。
戦後の日本は「本」を立てなかったのだ。
「本」がグラグラしているから道が生じず、ついには現在のどん詰まりの
ような状況に至っている、というわけである。
国家の「本」とは何か。憲法である。
憲法というと多くは第9条を思い浮かべる。
だが、それよりも根本的であり議論しなければならないのは、
憲法公布に際しての昭和天皇の勅語であり、憲法の前文である。
ここに憲法問題のすべてが凝縮している、と言っていい。
昭和21年11月3日、憲法公布に際して昭和天皇は勅語を出された。
全文を記す。
「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、
深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第七十三条による
帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名御璽(ぎょめいぎょじ)」
昭和21年という時点を多少でも知る人ならば、当時は進駐軍の命令に
よって憲法についての議論は一切、厳しく禁止されていたことを知っている。
議論が禁止されていて、国民の総意が形成されるはずがない。
誰でもわかる理屈である。
新憲法は進駐軍が制定し、公布、施行を強制した以外の何ものでもない。
だが、それを昭和天皇は「国民の総意に基いて」と言わなければならなかった。
そう言わされたのだ。
それはポツダム宣言受諾に、「subject to」という文言がついていたからである。
これは「〜従う」という意味だが、
昭和天皇は進駐軍に隷従せざるを得ないお立場だったのだ。
戦争に負ける、というのはこういうことなのである。
昭和天皇の悔しさを思うべきである。
また昭和天皇の勅語は、新憲法が大日本帝国憲法の改正、
という形をとっていることを教えてくれる。
終戦の昭和20年8月15日以後も進駐軍は大日本帝国憲法に基いて
統治を行ったのかといえば、まったくそんなことはない。にもかかわらず、
帝国議会の議決を経たという形にして、新憲法の正当化を図っている。
このことは憲法学者もあまり触れたがらない部分だが、
まったくの茶番というほかはない。
東京裁判は判事、検事、弁護人といった法廷の形だけ整え、その実、
何の法律にも基かずに、ただただ日本を悪として断罪した茶番劇である。
日本は新憲法と東京裁判と、二大茶番劇に縛られて戦後の半世紀以上を
過ごしてきたのだ。「本」が立っていないのだ。
つづく
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