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イルカ猟からイルカウォッチングへ①

投稿者: m_news_topics 投稿日時: 2010/03/20 11:27 投稿番号: [4766 / 4963]
転載
いいこと言うね
元イルカ漁師さん
イルカウォッチング文化の先駆者
3年前に乗船したことあるけど漁船でなく観光船が良かった
観光船が買える様頑張ってもらいたいです。






原文   (Original page) Futo - From Dolphin Hunt to Dolphin Watch

★「イルカ漁」(イルカ漁)という表記について

1999年10月、静岡県富戸は、およそ70頭のイルカの群れを、残酷なやり方で捕らえ殺したことによって、世界にその名を知らしめた。水産庁、首相官邸、富戸の漁業組合には、怒りを露わにした抗議の手紙やファックス、Eメールが押し寄せ、以降、富戸でイルカ漁が行われることは無くなった。

2002年9月、富戸の漁師たちは、伊豆半島の小さな港からイルカを求めて再び沖へと向かう。しかし、今回は、何百ものイルカたちが波頭の間を跳びはねる、驚嘆すべき様を見にやってきた、エコ・ツーリストたちと一緒にである。 イルカ・ウォッチングのボートを率いる船頭、石井泉氏は、もともと、イルカ漁の船をまとめ上げる長だった人。だが、彼は変わった。

「殺される時のイルカの啼き声を聞いて、耐えられない思いがした−」殺すための漁から、見るためのイルカ・ウォッチングへと方向転換した理由を、石井氏はこう語っている。 かつての石井氏は、イルカを捕まえ殺すことを、最も声高に擁護する一人だった。その彼が、二度とイルカを殺さないと決意しただけでなく、イルカ・ウォッチングのビジネスを始めようとしている。

「今の私は、イルカの肉にではなく、彼らが私たちの内に引き起こしてくれる驚嘆の念に、その値打ちを見出しているのです。」 富戸に暮らす漁師であり、二人の息子を持つ父親でもある石井氏は、同時に、並外れた才能を持つ写真家でもあるが、その主な収入源はヤリイカ漁である。同時に、約30年に亘ってイルカを捕ってきた彼の、父、祖父、そして曽祖父もまた、クジラとイルカを捕る漁師だった。

しかし、1999年、石井氏の属する漁協組合のメンバーが、70頭あまりのイルカを富戸の港に追い込んだ時、この伝統はモダン・テクノロジーとぶつかり合うことになった。残酷な殺戮の様子を捉えたビデオが、世界中のテレビ画面に映し出されたのである。バンドウイルカが海から引き上げられ、喉を切り裂かれる映像は、この野蛮な風習に対する、なだれのような抗議を巻き起こした。 既にこれ以前から、石井氏は長いこと、イルカについて考えを巡らすようになっていた。「イルカの群々が泳いでいる光景には、心動かされるものがありました。イルカ漁をしている最中だというのに、自分の漁師としての仕事を忘れてしまうことすら、度々あったのです。この高揚を、イルカ・ウォッチングをとおして、人々に伝えられたらと思います。」

イルカはただの魚だという、彼の元々の持論を覆す映画との出会いもあった。今では石井氏は、イルカは高度な知能を持ち、肺呼吸をする哺乳類であることを理解し、彼らに対する欺瞞に満ちた暴力行為をやめるよう、訴えている。 実は石井氏は、漁協が違法なイルカ漁を促す場合があったことを知っていた。

そのことを告発すると、漁協のメンバーたちは、逆に彼を非難して漁師を辞めさせようとし、あまつさえ富戸から追い出そうとさえしたのである。石井氏を支えたのは、国内外の自然保護団体が上げた、彼の勇気ある行為を支持する声だった。 水産庁ならびに静岡県水産部は、漁協は捕獲許可枠を超えた漁をやめるべきだという、石井氏の主張を無視してきた。

「皮肉なことですが、水産庁のそうした態度が、今の私を形作ったのです」と石井氏は述べている。 今、ビジネスマンである石井氏は、イルカ・ウォッチングで、イルカ漁以上の利潤を生むことができると考えている。船を出す人々はもちろん、旅行会社や土地のホテル、レストラン、土産物店にまで経済的利益がもたらされるだろう。
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