クジラさんのお肉は日本の伝統食材♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/03/18 09:50 投稿番号: [4577 / 4963]
・流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
・江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
・行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。
つまり、江戸以前の中世でも高級食材として為政者・権力者への貢物に
鯨肉が重用されていたし、江戸時代に入ってからは西は九州・四国・大阪・紀州東は開拓以前のアイヌの人達の捕鯨と開拓後の鯨食、東北秋田も関東・江戸城下町でも親しんで食われていた、という事だねぇ・・・w
それから「江戸時代から」・「江戸で」クジラさんのお肉を使った「鯨汁」を
庶民相手に提供してた証拠もね↓♪
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)
で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁
は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89 鯨汁一杯「16文」って江戸庶民に親しまれてた「二八蕎麦」と同じ値段だよね^^;
さて、もうこれでいい加減愛護反捕鯨ちゃん達の
「江戸庶民はクジラさんのお肉なんか食って無いやい!!」
って哀しい主張は完全に砕け散ったと思うんだけど、如何でしょ〜〜〜か?(^ω^;;;;
これは メッセージ 4575 (toripan1111 さん)への返信です.
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