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クジラさんのお肉は日本の伝統食材♪

投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/03/18 09:27 投稿番号: [4574 / 4963]
どこからどう見ても、「鯨肉料理は日本の食文化」で間違いありません♪

まぁ、なんだかんだ言って反捕鯨派の牙城であるwikiのソースを賛成派が
貼る、というのが最も公正なのかな?^^;

奈良時代から室町時代の鯨肉贈答の記録 [編集]
712年(和銅5年)の古事記のなかで神武天皇に鯨肉が献上されたという記述がある。文献「古事記」
1570年(永禄13年)織田信長が禁裏へ鯨を献上。山科言継は禁裏より織田信長が献上した鯨肉を拝領した。文献「言継卿記」
1577年(天正5年)水野監物が織田信長に鯨肉を贈った、その返礼が信長よりなされており「鯨一折到   来候細々懇  
情別而悦入候   猶参上之時   可申候也   正月十六日信長」という内容の感状が書かれている。文献「織田信長から水野監物への黒印状」
1582年(天正10年)鯨肉ではないが、「鯨桶」(鯨肉を運ぶための専用の木桶)が、伊勢国より正親町天皇へ2つ、誠仁親王へ1つ、
勧修寺晴豊へ1つ献上された。文献「晴豊記」
1589年(天正17年)高橋丹波守は北条氏政と北条氏規に鯨肉を献上した。
1591年(天正19年)長宗我部元親が豊臣秀吉に鯨一頭献上。文献「土佐物語」
1612年(慶長17年)里見忠義が榎倉長兵衛を介して伊勢神宮に鯨の尾の皮を献上している。
「一、領分の船、鯨留め候上、壱疋の内より、初尾の為一尺八寸の皮壱枚宛とらるべく候事
慶長拾七   弐月七日   忠義判   榎倉長兵衛殿」文献「千葉県鋸南町の醍醐家の古文書」

室町時代から江戸時代の鯨料理に関する書籍 [編集]
室町時代末期に「四條流庖丁書」という料理書に食材としての魚の格付けとして最高位に鯨、
二番目が鯉、その他の魚は鯉以下として挙げられている。
室町時代に「大草家料理書」(欠年)という料理書に鯨肉の料理が記載されている。
1561年(永禄4年)には「三好筑前守義長朝臣亭江御成之記」のなかで三好義長が自邸宅において
鯨料理で足利義輝をもてなしたという記述が残されている。
1643年(寛永20年)に「料理物語」という料理書の中で10種類の鯨料理が紹介されている。
1669年に「料理食道記」という料理書には、日本各地の鯨肉産地(詳細後述)が記載されている。
1763年(宝暦13年)に「料理珍味集」という料理書に鯨蕎麦切という鯨料理が紹介されている。
1832年(天保3年)には、捕鯨の様子を描いた絵物語の付録として鯨料理専門書「鯨肉調味方」が発行されている。
鯨の約70もの部位についての料理方法として、「鋤焼き」という焼肉風の料理、すき焼きに似た鍋物、揚げ物などが紹介されている。鯨肉普及のための一種の広報誌だったとも言われる。
天保年間には「日用倹約料理仕方角力番附」という家庭料理書の中で「夏場のおかず位付け(ランキング)」の前頭16番目に鯨料理が紹介されている。

江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。ただし、九州地方の一部では、
初期の突取式捕鯨期には鯨油生産のみが行われて食用習慣が無く、皮下脂肪以外の鯨肉は沖合いに運んで廃棄していたという記録もあるが、
その九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が
供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半
島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。

流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の
煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工
した珍味も売られていた。全体的な傾向としてはシロデモノと総称された皮下脂肪や尾羽が好まれ、尾の身も高級品とされていたが、赤肉につい
ては房総半島の一部などを除くとあまり歓迎はされなかったようである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
(続
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