Re: 尖閣諸島上陸記 服部守孝
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/09/26 16:42 投稿番号: [10872 / 16505]
○五月二十五日
十三時半、石垣空港着。
二十時、仲間均氏(石垣市議会議員)らと合流。結団式。
仲間氏は、西村議員上陸の際、現地受け入れの一切を引き受けられ、
魚釣島まで案内された方である。
私自身、その後石垣島に三度行って、尖閣諸島を巡る状況など仲間氏から
様々なレクチャーを受けていた。出航までの暫しの間、旧交を温めた。
二十三時、石垣港へ、漁船「みつ丸」に乗船。
この船で西村議員も東シナ海を渡って行った。
乗員は仲間均氏、村上一朗氏、高山博光氏(博多市議)、
奥田弘美氏(刀剣友の会)、麻布孝弘氏(村上氏秘書)と私の計六名。
暗闇の中を綜うにして、四.五トンの「みつ丸」は進む。
船室は二名が入れば一杯となるため、他のメンバーは全て甲板へ。
島の灯が遠ざかるにつれ、船の揺れが次第に激しくなってくる。
甲板にいると、まともに波をかぶる。
あっという間に、全身がずぶ濡れになった。
堪らず、船尾へ移動するが、船長曰く「船尾に重量がかかると
燃費が悪くなり、往復できないから甲板に戻れ」との非情なる命令。
仕方なく、一晩中甲板で東シナ海の海水を浴び続けた。
「このままだと転覆するのでは」と思わせる異様な左右の傾きと上下の
ジャンプを繰り返す船への恐怖と、海水を浴び続け体温調節ができなく
なったわが身体への不安は明け方まで続いた。
片道の約十時間が、本当に長く感じられた。この日の航路は、「低気圧前線の
真下だった。私も怖かった」と仲間氏は下船してから告白された。
空が白むにつれて、三六○度の群青の海が視界に入ってくる。
やはり、前回の時より悪天候なことがわかる。空はどんよりと曇っている。
トビウオが、併走するように泳いでいる。
古代の人々は、この海を帆を張った小舟で自由に渡海したことを偲び、
自分にも海洋民族のDNAがあるのだと自らを励ました。
○二十六日
六時半。左舷前方に白い船影を認める。
「中国の調査船か、または海上保安庁の巡視艇か ? 」と一同緊迫したが、
船長は「あれは海保さ」とあっさり答える。
上陸前の臨検を恐れたが、巡視艇は左舷から右舷に交差して消えて行った。
海上保安庁の温情かとも思ったが、このことは今になっても杳としてわからない。
八時、尖閣の島影が見える。
「やった、ようやく着いた」魚釣島、北小島、南小島が次々と現れる。
見覚えのある島々だった。
海鳥が船に近づいては離れ、離れては近づいてくる。
急降下して、海面に突っ込み魚をとる鳥もいる。島が近いからだろう。
十時。北小島へ上陸準備開始。
最終目的は、魚釣島への上陸だが、折角なので来た小島にも上陸して
探索しようとのことになった。
ゴムボートに空気を入れ、三人ずつ分乗することになり、
村上氏、高山氏、私の三人が先発隊となった。
恥ずかしい話、公園のボートすら漕いだことがなかったので
若干躊躇したが、勢いで先頭に乗り込んだ。
波はかなり早く、オールを力の限り漕いだ。
遮二無二漕ぎすぎて、後ろの村上氏にかなり水を浴びせていたらしい。
つづく
.
十三時半、石垣空港着。
二十時、仲間均氏(石垣市議会議員)らと合流。結団式。
仲間氏は、西村議員上陸の際、現地受け入れの一切を引き受けられ、
魚釣島まで案内された方である。
私自身、その後石垣島に三度行って、尖閣諸島を巡る状況など仲間氏から
様々なレクチャーを受けていた。出航までの暫しの間、旧交を温めた。
二十三時、石垣港へ、漁船「みつ丸」に乗船。
この船で西村議員も東シナ海を渡って行った。
乗員は仲間均氏、村上一朗氏、高山博光氏(博多市議)、
奥田弘美氏(刀剣友の会)、麻布孝弘氏(村上氏秘書)と私の計六名。
暗闇の中を綜うにして、四.五トンの「みつ丸」は進む。
船室は二名が入れば一杯となるため、他のメンバーは全て甲板へ。
島の灯が遠ざかるにつれ、船の揺れが次第に激しくなってくる。
甲板にいると、まともに波をかぶる。
あっという間に、全身がずぶ濡れになった。
堪らず、船尾へ移動するが、船長曰く「船尾に重量がかかると
燃費が悪くなり、往復できないから甲板に戻れ」との非情なる命令。
仕方なく、一晩中甲板で東シナ海の海水を浴び続けた。
「このままだと転覆するのでは」と思わせる異様な左右の傾きと上下の
ジャンプを繰り返す船への恐怖と、海水を浴び続け体温調節ができなく
なったわが身体への不安は明け方まで続いた。
片道の約十時間が、本当に長く感じられた。この日の航路は、「低気圧前線の
真下だった。私も怖かった」と仲間氏は下船してから告白された。
空が白むにつれて、三六○度の群青の海が視界に入ってくる。
やはり、前回の時より悪天候なことがわかる。空はどんよりと曇っている。
トビウオが、併走するように泳いでいる。
古代の人々は、この海を帆を張った小舟で自由に渡海したことを偲び、
自分にも海洋民族のDNAがあるのだと自らを励ました。
○二十六日
六時半。左舷前方に白い船影を認める。
「中国の調査船か、または海上保安庁の巡視艇か ? 」と一同緊迫したが、
船長は「あれは海保さ」とあっさり答える。
上陸前の臨検を恐れたが、巡視艇は左舷から右舷に交差して消えて行った。
海上保安庁の温情かとも思ったが、このことは今になっても杳としてわからない。
八時、尖閣の島影が見える。
「やった、ようやく着いた」魚釣島、北小島、南小島が次々と現れる。
見覚えのある島々だった。
海鳥が船に近づいては離れ、離れては近づいてくる。
急降下して、海面に突っ込み魚をとる鳥もいる。島が近いからだろう。
十時。北小島へ上陸準備開始。
最終目的は、魚釣島への上陸だが、折角なので来た小島にも上陸して
探索しようとのことになった。
ゴムボートに空気を入れ、三人ずつ分乗することになり、
村上氏、高山氏、私の三人が先発隊となった。
恥ずかしい話、公園のボートすら漕いだことがなかったので
若干躊躇したが、勢いで先頭に乗り込んだ。
波はかなり早く、オールを力の限り漕いだ。
遮二無二漕ぎすぎて、後ろの村上氏にかなり水を浴びせていたらしい。
つづく
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これは メッセージ 10870 (yume_sarasa1211 さん)への返信です.
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