東条英機 、自問自答す
投稿者: senrigoma 投稿日時: 2010/12/21 14:19 投稿番号: [925 / 2332]
【質問】日清・日露戦争から満州・支那事変そして太平洋戦争まで、日本は常に自衛の名を借りているのは、常套手段ではないのか
【答】断じて違う。外圧によって防衛の必要上起こった結果である。日本が自衛に名を借りるのは常套手段と決めつけるのは、世界の指導者が東亜の実情を知らぬために誤った見方をしているか、東亜の民族国家に同情がない偏見である。
東亜は過去数世紀にわたってロシアを含む欧米列強の侵略と、今世紀になってソ連の東亜赤化戦略にあい、日本は日本自体と東亜の民族国家全体のため、それら侵略に対して防衛する必要があった。そのために自衛措置を頻発させたのである。よってきたる原因は外部の圧迫にあり、自ら求めたものではない。
【質問】あなたは太平洋戦争の日本の責任者として、その体験に基づき世界平和の招来に関してどんな所感を持っているか。
【答】人類として国家として、世界平和を強く望むのは当然である。どの国家もそれを崇高な理想とすべきである。戦争は敗者、勝者を問わず悲惨な結果に終わることは明らかで、国民の不幸はこれより大なるものはない。ゆえに為政者は極力これを避けるべきである。
そうできないのは欲、うぬぼれ、誤解である。人間にとっても国家間にとっても同じことは歴史を見るまでもなく明らかである。太平洋戦争でも同じであった。欲とうぬぼれは我々もあなた方も勇気を持って反省し、自制すべきである。誤解は虚心坦懐、円満に了解に達するよう互いに一層の努力をするべきだ。こうすることによって真の世界平和が望めると深く感じた。
【質問】あなたは戦争指導上の体験から日本の敗戦の原因をどう考察するか。
【答】総括的には、日本は物心両面の総合威力が敵に比べて劣っていた。さらに要約すれば、攻略上も戦略上も国内指導上も敵側にくらべ下手だったことが多かった。
攻略上では、支那事変の早期終結に失敗したこと。大東亜十億の民心を把握し、これを戦争完遂に結集できなかったこと。すなわち、戦局の不利が原因したことと現地軍民が原住民の人心把握に対する注意徹底を欠いたことである。日独伊の三国家間の政戦略に一致を欠き、有機的に効果を発揮できなかったこと。とくに日本から見ると独ソ開戦の結果、当初希望していたようにソ連を(三国)同盟側に抱き込むことができなかったこと。日本が戦局の有利なうちに終戦に導く機会をつかめなかったこと。
戦略上では、ミッドウェー海戦の惨敗で海軍力とくに海洋航空力に致命的な打撃をこうむったにもかかわらず、その後の作戦指導が即応して断固とした修正ができなかったこと。陸海軍ともに、昭和十七年夏、有利に展開している戦局に幻惑され、当初の戦争指導にそむいて軽挙に攻勢終末点を越え、積極追撃作戦に移ってしまい、持久態勢への転換の機会を失った。そのためその後の作戦が後手後手に陥ったこと。現代戦での航空力への正確な見通しと、果断なる改編措置を欠いていたこと。電探(レーダー)、無線、原子爆弾及び航空機などに対する技術的、生産的な劣勢の結果、前項の航空機の立ち後れとあいまって、日本特有の精神的作戦要素が封じられたこと。陸海軍の統帥において、統帥上の統一と協調を欠き、総合力を十分に発揮できなかったこと。日独伊の作戦協力が地域的にも離れており、なんら見るべきものがなかったこと。
国内指導上では、統帥が国務の圏外にあり、政治力をもってこれを統御できなかったこと。つまり、統帥と国務が不一致だったこと。統帥が陸海軍に確然と二分され、往々にして各部門の対立抗争が絶えなかったこと。政治上層部の不一致は統帥に対する不信とあいまって国民の戦争完遂に対する足並みを乱したこと。そうして戦前、戦中を通じて敵側の謀略、宣伝に災いされたところが多い。資源の不足、運輸能力の弱さ、生産設備の不統制などにより軍需生産が軍の膨大なる要求に応じられなかったこと。
【質問】 昭和十六年十二月に米国大統領より天皇に送られた親電によって戦争は回避できたのではないか。
【答】否、回避できず。日本の政治情勢に混乱が生じることはあっても、米国の態度が緩和されない以上、戦争回避は不可能だった。とくに親電の到着は海軍の機動部隊が攻撃開始時期に入っていたと想像できるので、同じことである。
【答】断じて違う。外圧によって防衛の必要上起こった結果である。日本が自衛に名を借りるのは常套手段と決めつけるのは、世界の指導者が東亜の実情を知らぬために誤った見方をしているか、東亜の民族国家に同情がない偏見である。
東亜は過去数世紀にわたってロシアを含む欧米列強の侵略と、今世紀になってソ連の東亜赤化戦略にあい、日本は日本自体と東亜の民族国家全体のため、それら侵略に対して防衛する必要があった。そのために自衛措置を頻発させたのである。よってきたる原因は外部の圧迫にあり、自ら求めたものではない。
【質問】あなたは太平洋戦争の日本の責任者として、その体験に基づき世界平和の招来に関してどんな所感を持っているか。
【答】人類として国家として、世界平和を強く望むのは当然である。どの国家もそれを崇高な理想とすべきである。戦争は敗者、勝者を問わず悲惨な結果に終わることは明らかで、国民の不幸はこれより大なるものはない。ゆえに為政者は極力これを避けるべきである。
そうできないのは欲、うぬぼれ、誤解である。人間にとっても国家間にとっても同じことは歴史を見るまでもなく明らかである。太平洋戦争でも同じであった。欲とうぬぼれは我々もあなた方も勇気を持って反省し、自制すべきである。誤解は虚心坦懐、円満に了解に達するよう互いに一層の努力をするべきだ。こうすることによって真の世界平和が望めると深く感じた。
【質問】あなたは戦争指導上の体験から日本の敗戦の原因をどう考察するか。
【答】総括的には、日本は物心両面の総合威力が敵に比べて劣っていた。さらに要約すれば、攻略上も戦略上も国内指導上も敵側にくらべ下手だったことが多かった。
攻略上では、支那事変の早期終結に失敗したこと。大東亜十億の民心を把握し、これを戦争完遂に結集できなかったこと。すなわち、戦局の不利が原因したことと現地軍民が原住民の人心把握に対する注意徹底を欠いたことである。日独伊の三国家間の政戦略に一致を欠き、有機的に効果を発揮できなかったこと。とくに日本から見ると独ソ開戦の結果、当初希望していたようにソ連を(三国)同盟側に抱き込むことができなかったこと。日本が戦局の有利なうちに終戦に導く機会をつかめなかったこと。
戦略上では、ミッドウェー海戦の惨敗で海軍力とくに海洋航空力に致命的な打撃をこうむったにもかかわらず、その後の作戦指導が即応して断固とした修正ができなかったこと。陸海軍ともに、昭和十七年夏、有利に展開している戦局に幻惑され、当初の戦争指導にそむいて軽挙に攻勢終末点を越え、積極追撃作戦に移ってしまい、持久態勢への転換の機会を失った。そのためその後の作戦が後手後手に陥ったこと。現代戦での航空力への正確な見通しと、果断なる改編措置を欠いていたこと。電探(レーダー)、無線、原子爆弾及び航空機などに対する技術的、生産的な劣勢の結果、前項の航空機の立ち後れとあいまって、日本特有の精神的作戦要素が封じられたこと。陸海軍の統帥において、統帥上の統一と協調を欠き、総合力を十分に発揮できなかったこと。日独伊の作戦協力が地域的にも離れており、なんら見るべきものがなかったこと。
国内指導上では、統帥が国務の圏外にあり、政治力をもってこれを統御できなかったこと。つまり、統帥と国務が不一致だったこと。統帥が陸海軍に確然と二分され、往々にして各部門の対立抗争が絶えなかったこと。政治上層部の不一致は統帥に対する不信とあいまって国民の戦争完遂に対する足並みを乱したこと。そうして戦前、戦中を通じて敵側の謀略、宣伝に災いされたところが多い。資源の不足、運輸能力の弱さ、生産設備の不統制などにより軍需生産が軍の膨大なる要求に応じられなかったこと。
【質問】 昭和十六年十二月に米国大統領より天皇に送られた親電によって戦争は回避できたのではないか。
【答】否、回避できず。日本の政治情勢に混乱が生じることはあっても、米国の態度が緩和されない以上、戦争回避は不可能だった。とくに親電の到着は海軍の機動部隊が攻撃開始時期に入っていたと想像できるので、同じことである。
これは メッセージ 921 (senrigoma さん)への返信です.
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