Re: 東条英機 -東京裁判宣誓供述書-
投稿者: senrigoma 投稿日時: 2010/12/22 20:57 投稿番号: [1254 / 2332]
>戦争に突入せざるを得なかった歴史的背景については私も事実そのとおりと考えます。
>東京裁判は国際法上においても認められない理不尽極まりない裁判です。
>しかし、結果として日本を亡国寸前まで導き、多くの兵や、国民を犠牲にした戦争指導者達の責任は絶対に問われるべきだったと考えます。
ここまでは特に異論はないです。
>では、連合国ではない誰が東条らを断罪することができただろうかということを考えたときに、私は東京裁判を全否定することはできないのであります。
日本人の手で裁けたはずだし、裁かなければならなかったことだと思いますよ。
>戦争終局の仕方について、余りにも無策であったことは断じて許してはならないと考えるのであります。
そうでしょうか?私はそうは思いません。
あの戦争に踏み切った時点で、序盤で圧倒して早期講和に持ち込む以外に日本に勝ち目が無いことはわかっていたようです。
また、そのように上手く事を運ぶことは非常に困難なことで、成功する可能性が高くないこと、つまりは勝算が薄いこともわかっていたでしょう。
ミッドウェーで敗れてなければ、その「薄い勝算」を実現することができたかも知れませんが、所詮は「たら、れば」の話で今更それを言っても何の意味もありません。
勝ち目が薄いとわかっていたからこそ日本はどうにか米国との戦争を回避しようと最大限の譲歩をし、努力をしました。
しかし、相手の米国は戦争をしたがっていたのだからどうしようもない。
これ以上の譲歩をして、戦わずして奴隷の人生を歩むよりは国家の命運を賭けて・・・と決意し、開戦に踏み切った。
「非常に困難だが序盤で圧倒して早期講和に持ち込む以外に日本に勝ち目は無い」と覚悟した上で開戦に踏み切ったにもかかわらず、その構想がミッドウェーで頓挫する。
それが開戦から半年後のことで、後はどうやって戦争を終わらせるか?少しでも有利に終わらせるにはどうしたら良いか?そう考えながら3年間の悪戦苦闘です。終局の仕方が無策だったとは私は思いません。
たとえば他にどんな終わらせ方があったでしょうか?貴方の考えを聞かせていただけますか?
>従って、東条らの戦争指導者を英霊として祀ることに納得がいかないのであります。
戦争指導者の合祀に否定的な人は保守層の中にも少数派ですが存在します。私は合祀に賛成ですが、この件については個人の宗教観の問題でもありますから、考え方は色々あって良いと思います。
ただ、はっきり言えることは、現在の日本では信仰の自由が保障されていますので、戦争指導者の合祀は宗教法人靖国神社の自由であり、そのことを否定する権利は誰にもありません。
また、「指導者は英霊として相応しくない」と思う人は、「指導者は英霊なんかじゃない」と信じていれば良いのです。靖国に参拝するときも「指導者の御霊はここにはない」と信じて、指導者を思い浮かべずに参拝すれば良いだけです。信仰とはそういうものです。
>東京裁判は国際法上においても認められない理不尽極まりない裁判です。
>しかし、結果として日本を亡国寸前まで導き、多くの兵や、国民を犠牲にした戦争指導者達の責任は絶対に問われるべきだったと考えます。
ここまでは特に異論はないです。
>では、連合国ではない誰が東条らを断罪することができただろうかということを考えたときに、私は東京裁判を全否定することはできないのであります。
日本人の手で裁けたはずだし、裁かなければならなかったことだと思いますよ。
>戦争終局の仕方について、余りにも無策であったことは断じて許してはならないと考えるのであります。
そうでしょうか?私はそうは思いません。
あの戦争に踏み切った時点で、序盤で圧倒して早期講和に持ち込む以外に日本に勝ち目が無いことはわかっていたようです。
また、そのように上手く事を運ぶことは非常に困難なことで、成功する可能性が高くないこと、つまりは勝算が薄いこともわかっていたでしょう。
ミッドウェーで敗れてなければ、その「薄い勝算」を実現することができたかも知れませんが、所詮は「たら、れば」の話で今更それを言っても何の意味もありません。
勝ち目が薄いとわかっていたからこそ日本はどうにか米国との戦争を回避しようと最大限の譲歩をし、努力をしました。
しかし、相手の米国は戦争をしたがっていたのだからどうしようもない。
これ以上の譲歩をして、戦わずして奴隷の人生を歩むよりは国家の命運を賭けて・・・と決意し、開戦に踏み切った。
「非常に困難だが序盤で圧倒して早期講和に持ち込む以外に日本に勝ち目は無い」と覚悟した上で開戦に踏み切ったにもかかわらず、その構想がミッドウェーで頓挫する。
それが開戦から半年後のことで、後はどうやって戦争を終わらせるか?少しでも有利に終わらせるにはどうしたら良いか?そう考えながら3年間の悪戦苦闘です。終局の仕方が無策だったとは私は思いません。
たとえば他にどんな終わらせ方があったでしょうか?貴方の考えを聞かせていただけますか?
>従って、東条らの戦争指導者を英霊として祀ることに納得がいかないのであります。
戦争指導者の合祀に否定的な人は保守層の中にも少数派ですが存在します。私は合祀に賛成ですが、この件については個人の宗教観の問題でもありますから、考え方は色々あって良いと思います。
ただ、はっきり言えることは、現在の日本では信仰の自由が保障されていますので、戦争指導者の合祀は宗教法人靖国神社の自由であり、そのことを否定する権利は誰にもありません。
また、「指導者は英霊として相応しくない」と思う人は、「指導者は英霊なんかじゃない」と信じていれば良いのです。靖国に参拝するときも「指導者の御霊はここにはない」と信じて、指導者を思い浮かべずに参拝すれば良いだけです。信仰とはそういうものです。
これは メッセージ 964 (asiariver21 さん)への返信です.
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