今だに、わからない>quietbutcher
投稿者: mario_porco_rosso 投稿日時: 2010/04/25 10:29 投稿番号: [648 / 779]
>行為者がその意思があろうと、無かろうと、行った行為が第三者を含め、
>他に及ぼす影響が大なる場合はたとえ過失であろうと行為責任が問われるのです。
>自分の不注意な行為が、他人に迷惑をかければ道義的な責任を感じることが
>不思議でしょうか?!
つまりあなたは、まだ現実のものでない「影響」に対して、岡本さんに「責任」を取れ、と主張するのですか?
それは非難する相手が違うでしょう。そもそも、中国政府と、盗作疑惑を持たれている中国人作曲家とを混同している。
最も責められるべきは、(恐らく)盗作をした作曲家でしょう。あなたの憤慨は、まず彼にこそ向けられるべきです。
中国政府は、盗作疑惑が明らかになった時点で、件のPR曲の使用を一時停止し、その後岡本さん側に改めて楽曲の使用許可を求めている。これはPR曲と岡本さんの楽曲の「同一性」を認めたからに他なりません。
中国政府の行為について問題があるとすれば、次の2点。
まず、なぜ盗作疑惑が持ち上がるような曲を、万博のPR曲にしてしまったか、という一点です。当局者がオリジナルである岡本さんの楽曲の存在を知っていて採用したか、それとも知らなかったか、いずれかを証明するのはほとんど不可能でしょうが。
第2は、岡本さん側に楽曲の使用許可を求めた、すなわちPR曲と岡本さんの楽曲との「同一性」を認めながら、件の作曲家に対する処分がまだ行われていないこと(あるいは行われないこと)です。
いずれにせよ、岡本さんは盗作疑惑については被害者であり、中国政府による使用許可の要請に対しては、著作権の所有者として正当な判断を下したに過ぎません。
また彼女の事務所は、件の作曲家の「二つの楽曲は別のものである」という主張を明快に否定しています。
http://www.sanspo.com/geino/news/100423/gnj1004230504008-n1.htmこれで、岡本さん側になんの落ち度があるのか、故意、過失いずれにせよ、どのような「道義的責任」を生む問題があるのか、まったくわかりません。
これは メッセージ 637 (quietbutcher さん)への返信です.
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