Re: 9.11は自作自演
投稿者: kakunin1010 投稿日時: 2011/05/07 08:10 投稿番号: [649 / 1045]
おいらは以前9.11について、2ヶ月ぐらい調べてたので、
いろいろな資料を見た結果こう判断した
もう疲れるのであまりとやかく言いたくないので今日が最後
Louie Cacchioli,51才は、ハーレムの第47団所属の消防士である。(9月12日)
私たちは、航空機の激突の後、最初に第2タワーに入ったものです。私は消火器を持って、エレベー
ターで24階に上り、従業員を脱出させるポジションについていました。
「爆発」が起きるまで、そこにいました。私たちは、建物の中に爆弾が設置されていたと思います。
私はもう一人の消防士に一緒にいるように頼みましたが、それは正解だったようで、私たちはエレベー
ターに閉じ込められ、彼は脱出するための工具を持っていたのです。
階段の吹き抜け部分には約500人の人たちが閉じ込められていたと思います。集団的な混沌状態で
した。電気は消え....真っ暗でした。皆が泣き叫んでいました。私たちは酸素マスクを被り、人々に酸素
を分け与えていました。私たちの中には脱出できたものも、出来なかったものもいます。少なくとも3
0人の消防士が行方不明になっています。私は勤続20年目です。引退を真剣に考えています。今度の
ことのおかげでね。最初の放送が、建物の燃える様子を見ている人たちのインタビューを流していた時、
建物を見て一人のコメンテーターが「聞いたか?ぽっぽっぽという音を。」と言った。そして、建物の
窓ガラスが吹き飛ぶのをみた。それから、建物が倒壊を始めたのだ。外側に吹き飛ばされた窓ガラスは、
下から上に向かっているように見えた。上から下にではなかった。私はそれを見た。聞いた。そして、
これは爆発だと思った。後に同じ場面が放映されたが、音は消されていた。
写真を貼り付けないけど・・・
10、11ページの写真は飛行機突入の直前にすでにビルから煙が出ていることを示す決定
的写真である。この事実は目撃者の証言(13ページ)とも一致する。
ビルを崩落させるために、飛行機突入に合わせてビル内部で爆破を行ったわけだが、犯人は
明らかに致命的なミスをした。爆破が100分の1秒ほど早かったのである。
NY在住芸術家 荒川修作さん証言
名古屋市瑞穂区出身でニューヨーク在住の芸術家、荒川修作さん(65)が、世界貿易センタービルに
飛行機が突入するのを目撃していた。日本時間13日の夜、荒川さんは本紙の電話取材に対し、激突の
様子や食料が調達できるようになった現在のマンハッタンの状況などを生々しく語った。
同センタービルから約1.5キロ離れて住む荒川さんは、当時、住んでいるビルの下からの「火事だ」
という声でセンタービルを見上げた。
「今、冷静になって考えてみると不思議だが」と断った上で、飛行機がぶつかる直前にセンタービルか
ら既に煙が出ていたように見えたといい、1機目、2機目が相次いで突入するのを目撃。そのまま7時
間、現場から目が離せなかったという
政府の公式見解である「パンケーキ理論」では、WTCビルは飛行機突入による火災によっ
てビル内部の鋼鉄の支柱が溶け、上部の重みを支えきれなくなり、まるでパンケーキを上から
重みで押しつぶすように次々と崩落したことになっている。しかしこの理論には矛盾がある。
ガソリン燃料による火災が作り出す炎の温度はせいぜい800度にしかならず、鋼鉄の支柱を
溶かすのに必要な温度1538度にはとても足りないからだ。
WTCビル崩落の瞬間の映像はテレビで何百回も放映されたが、多くの人々は、その映像を
見て、古いビルの爆破による解体工事を連想したのではないだろうか。ビルの崩落の瞬間にビ
ル内部で爆破が行われたことを強く疑わせるのがこのページの写真の赤い矢印の部分だ。また、
ビル崩落の前にいくつもの爆発音を聞いた目撃者は多い。15ページに書かれた事実を考え合
わせれば、WTCビルは、爆破による解体の方法で崩落したと考えてまちがいない。
それでは、ビル内部に爆発物を仕掛けたのは誰だったのか?アルカイダでないことは確かで
ある。彼らにはそのような経験も技術もない。おそらくはビル解体の専門業者が爆発物を仕掛
け、ビルを崩落させ、崩壊したビルの残骸の撤去作業に携わり、証拠を隠滅したと考えても、
それほど的をはずれてはいないだろう。
それならば、当時残骸撤去を請け負った業者が「コントロールド・デモリション社
(Controlled Demolition. Inc.)」という高層ビル爆破解体の専門会社であったということも十
分にうなずけることだ。
いろいろな資料を見た結果こう判断した
もう疲れるのであまりとやかく言いたくないので今日が最後
Louie Cacchioli,51才は、ハーレムの第47団所属の消防士である。(9月12日)
私たちは、航空機の激突の後、最初に第2タワーに入ったものです。私は消火器を持って、エレベー
ターで24階に上り、従業員を脱出させるポジションについていました。
「爆発」が起きるまで、そこにいました。私たちは、建物の中に爆弾が設置されていたと思います。
私はもう一人の消防士に一緒にいるように頼みましたが、それは正解だったようで、私たちはエレベー
ターに閉じ込められ、彼は脱出するための工具を持っていたのです。
階段の吹き抜け部分には約500人の人たちが閉じ込められていたと思います。集団的な混沌状態で
した。電気は消え....真っ暗でした。皆が泣き叫んでいました。私たちは酸素マスクを被り、人々に酸素
を分け与えていました。私たちの中には脱出できたものも、出来なかったものもいます。少なくとも3
0人の消防士が行方不明になっています。私は勤続20年目です。引退を真剣に考えています。今度の
ことのおかげでね。最初の放送が、建物の燃える様子を見ている人たちのインタビューを流していた時、
建物を見て一人のコメンテーターが「聞いたか?ぽっぽっぽという音を。」と言った。そして、建物の
窓ガラスが吹き飛ぶのをみた。それから、建物が倒壊を始めたのだ。外側に吹き飛ばされた窓ガラスは、
下から上に向かっているように見えた。上から下にではなかった。私はそれを見た。聞いた。そして、
これは爆発だと思った。後に同じ場面が放映されたが、音は消されていた。
写真を貼り付けないけど・・・
10、11ページの写真は飛行機突入の直前にすでにビルから煙が出ていることを示す決定
的写真である。この事実は目撃者の証言(13ページ)とも一致する。
ビルを崩落させるために、飛行機突入に合わせてビル内部で爆破を行ったわけだが、犯人は
明らかに致命的なミスをした。爆破が100分の1秒ほど早かったのである。
NY在住芸術家 荒川修作さん証言
名古屋市瑞穂区出身でニューヨーク在住の芸術家、荒川修作さん(65)が、世界貿易センタービルに
飛行機が突入するのを目撃していた。日本時間13日の夜、荒川さんは本紙の電話取材に対し、激突の
様子や食料が調達できるようになった現在のマンハッタンの状況などを生々しく語った。
同センタービルから約1.5キロ離れて住む荒川さんは、当時、住んでいるビルの下からの「火事だ」
という声でセンタービルを見上げた。
「今、冷静になって考えてみると不思議だが」と断った上で、飛行機がぶつかる直前にセンタービルか
ら既に煙が出ていたように見えたといい、1機目、2機目が相次いで突入するのを目撃。そのまま7時
間、現場から目が離せなかったという
政府の公式見解である「パンケーキ理論」では、WTCビルは飛行機突入による火災によっ
てビル内部の鋼鉄の支柱が溶け、上部の重みを支えきれなくなり、まるでパンケーキを上から
重みで押しつぶすように次々と崩落したことになっている。しかしこの理論には矛盾がある。
ガソリン燃料による火災が作り出す炎の温度はせいぜい800度にしかならず、鋼鉄の支柱を
溶かすのに必要な温度1538度にはとても足りないからだ。
WTCビル崩落の瞬間の映像はテレビで何百回も放映されたが、多くの人々は、その映像を
見て、古いビルの爆破による解体工事を連想したのではないだろうか。ビルの崩落の瞬間にビ
ル内部で爆破が行われたことを強く疑わせるのがこのページの写真の赤い矢印の部分だ。また、
ビル崩落の前にいくつもの爆発音を聞いた目撃者は多い。15ページに書かれた事実を考え合
わせれば、WTCビルは、爆破による解体の方法で崩落したと考えてまちがいない。
それでは、ビル内部に爆発物を仕掛けたのは誰だったのか?アルカイダでないことは確かで
ある。彼らにはそのような経験も技術もない。おそらくはビル解体の専門業者が爆発物を仕掛
け、ビルを崩落させ、崩壊したビルの残骸の撤去作業に携わり、証拠を隠滅したと考えても、
それほど的をはずれてはいないだろう。
それならば、当時残骸撤去を請け負った業者が「コントロールド・デモリション社
(Controlled Demolition. Inc.)」という高層ビル爆破解体の専門会社であったということも十
分にうなずけることだ。
これは メッセージ 455 (kak*ni*10*0 さん)への返信です.
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