◆野田総理は 「震災恐慌を招く」
投稿者: klugman2 投稿日時: 2012/06/24 01:44 投稿番号: [35 / 573]
このあと日本経済に何が起きるのか?誰も語らない、震災恐慌の怖さ
田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部)
上念司(デフレ脱却国民会議事務局長・経済評論家)
■最悪のシナリオ、震災恐慌を避けるために
この20兆円という額は、1995年に日本を襲った阪神・淡路大震災の被害総額の実に2倍になるということを意味しております。また、この被害額はあくまでも最低ラインとしてみなさなければなりません。我々の前途には、原発問題の行方、度重なる余震、不安定な電力供給、また悪しき風評被害など、不確実性の世界が広がっているからです。「最悪のシナリオ」を想定しながらすすむことが肝心です。
しかしこの未曽有の大災害の最中、報道から漏れ聞こえてくる政府の復興対策はあまりにも遅く、稚拙で、あたかも災害がすべて終わったかのような対応です。あるいは原発問題の影響をあえて復興政策から外すなど、問題のある動きが続いています。
仮に震災によって、日本経済全体に20兆円規模の穴が生じたとしたら、政府はその穴を埋めるために、新たな対策を打たなければなりません。でなければ、日本経済全体に20兆円の穴があいた分の被害が伝播していき、ひいてはそのことによる景気の悪化により一番被害を受けるのは、ただでさえ今回の震災で経済的重荷を背負わされている被災された東北地域の方々なのです。事実、1995年の阪神・淡路大震災の2年後の1997年に、日本は大きなデフレ不況を経験することになりますが、そのとき最も不況の影響を受けたのは、震災で弱っていた兵庫県だったのです。
■関東大震災、阪神・淡路大震災の経験
(略)関東大震災の4年後に起こったのが鈴木商店の倒産などの昭和金融恐慌であり、さらにその3年後には昭和恐慌が発生。その中で生じた経済不安の高まりから日本は、海外の植民地に活路を見出すべく、第二次世界大戦に突入していきました。
さらに阪神・淡路大震災の2年後に日本は、先進国の中では戦後初の未曽有のデフレ下の大停滞に見舞われています。混乱の最中、その1年後の1998年に日本は、年間の自殺者数がそれまで2万人台だったところから、一気に3万人に達するという事態を引き起こし、その状態がいまだに続いているというあまりにも不幸な状況です。
(略)3年前に起きたリーマンショックにより、より一層景気が悪化していたことを考えると、阪神・淡路大震災時に比べても、二重三重の意味で、大きなマイナスのショックを受けている状態です。震災関連倒産もすでに、阪神・淡路大震災時の3倍にまで達してしまっています。
■恐慌はそしらぬ顔をしてやってくる
(略)昭和金融恐慌が起きたのは、関東大震災の4年後のことでした。日本が先進国の中で戦後初のデフレ不況に陥ったのは、阪神・淡路大震災の2年後のことでした。
そして、昭和金融恐慌と阪神・淡路大震災後のデフレ下の大停滞は実は、震災という自然災害によってもたらされたものではなく、当時の政府と日本銀行による稚拙な経済政策運営によってもたらされたものだったことが明らかにされています。(略)
つまり現在の日本経済は、歴史的に何年も語り継がれることになるほどの大きなショックの最中にいるということです。もし、また今回も、政府と日銀による誤った政策が打たれれば、それこそ本当に恐慌のような状態に突入することさえ考えられる状態です。しかし、関東大震災、そして阪神・淡路大震災時の教訓は、忘れ去られ、語り継がれることなく、マスコミも一切報じてきませんでした。(略)
だからこそ私たちは「このままでは震災恐慌がくるぞ!」と、声を大にして訴えます。(略)私たちが警告を発しなければ、本当にまた日本は、大きな人災である、経済2次、3次被害を受けることになりかねないからです。
多くのマスコミがこの問題を一切報じない中、不幸にも、政府・日銀自体もこの危機に気づいていないかのような反応で、ほぼ平時と変わらない凡庸な政策を選択しつつあります。だとしたら私たちは、自分の身は自分で守らなければいけません。政府と日銀に、声を大にして正しい復興策を要求し続けなければいけません。『震災恐慌! 経済無策で恐慌が来る!』(宝島社)「まえがき」より−2011年5月
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上念司(デフレ脱却国民会議事務局長・経済評論家)
■最悪のシナリオ、震災恐慌を避けるために
この20兆円という額は、1995年に日本を襲った阪神・淡路大震災の被害総額の実に2倍になるということを意味しております。また、この被害額はあくまでも最低ラインとしてみなさなければなりません。我々の前途には、原発問題の行方、度重なる余震、不安定な電力供給、また悪しき風評被害など、不確実性の世界が広がっているからです。「最悪のシナリオ」を想定しながらすすむことが肝心です。
しかしこの未曽有の大災害の最中、報道から漏れ聞こえてくる政府の復興対策はあまりにも遅く、稚拙で、あたかも災害がすべて終わったかのような対応です。あるいは原発問題の影響をあえて復興政策から外すなど、問題のある動きが続いています。
仮に震災によって、日本経済全体に20兆円規模の穴が生じたとしたら、政府はその穴を埋めるために、新たな対策を打たなければなりません。でなければ、日本経済全体に20兆円の穴があいた分の被害が伝播していき、ひいてはそのことによる景気の悪化により一番被害を受けるのは、ただでさえ今回の震災で経済的重荷を背負わされている被災された東北地域の方々なのです。事実、1995年の阪神・淡路大震災の2年後の1997年に、日本は大きなデフレ不況を経験することになりますが、そのとき最も不況の影響を受けたのは、震災で弱っていた兵庫県だったのです。
■関東大震災、阪神・淡路大震災の経験
(略)関東大震災の4年後に起こったのが鈴木商店の倒産などの昭和金融恐慌であり、さらにその3年後には昭和恐慌が発生。その中で生じた経済不安の高まりから日本は、海外の植民地に活路を見出すべく、第二次世界大戦に突入していきました。
さらに阪神・淡路大震災の2年後に日本は、先進国の中では戦後初の未曽有のデフレ下の大停滞に見舞われています。混乱の最中、その1年後の1998年に日本は、年間の自殺者数がそれまで2万人台だったところから、一気に3万人に達するという事態を引き起こし、その状態がいまだに続いているというあまりにも不幸な状況です。
(略)3年前に起きたリーマンショックにより、より一層景気が悪化していたことを考えると、阪神・淡路大震災時に比べても、二重三重の意味で、大きなマイナスのショックを受けている状態です。震災関連倒産もすでに、阪神・淡路大震災時の3倍にまで達してしまっています。
■恐慌はそしらぬ顔をしてやってくる
(略)昭和金融恐慌が起きたのは、関東大震災の4年後のことでした。日本が先進国の中で戦後初のデフレ不況に陥ったのは、阪神・淡路大震災の2年後のことでした。
そして、昭和金融恐慌と阪神・淡路大震災後のデフレ下の大停滞は実は、震災という自然災害によってもたらされたものではなく、当時の政府と日本銀行による稚拙な経済政策運営によってもたらされたものだったことが明らかにされています。(略)
つまり現在の日本経済は、歴史的に何年も語り継がれることになるほどの大きなショックの最中にいるということです。もし、また今回も、政府と日銀による誤った政策が打たれれば、それこそ本当に恐慌のような状態に突入することさえ考えられる状態です。しかし、関東大震災、そして阪神・淡路大震災時の教訓は、忘れ去られ、語り継がれることなく、マスコミも一切報じてきませんでした。(略)
だからこそ私たちは「このままでは震災恐慌がくるぞ!」と、声を大にして訴えます。(略)私たちが警告を発しなければ、本当にまた日本は、大きな人災である、経済2次、3次被害を受けることになりかねないからです。
多くのマスコミがこの問題を一切報じない中、不幸にも、政府・日銀自体もこの危機に気づいていないかのような反応で、ほぼ平時と変わらない凡庸な政策を選択しつつあります。だとしたら私たちは、自分の身は自分で守らなければいけません。政府と日銀に、声を大にして正しい復興策を要求し続けなければいけません。『震災恐慌! 経済無策で恐慌が来る!』(宝島社)「まえがき」より−2011年5月
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これは メッセージ 30 (klu*man* さん)への返信です.
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