鳩山氏訪中 尖閣は「係争地」

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『植民地解放戦争』論(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/25 21:51 投稿番号: [4444 / 4475]
日本軍が起こした戦争は   『植民地解放のため』   であったとか、
『日本が起ちあがらなければ   アジア諸国は   独立できなかった』
という、ヤスクニ派が   宣伝流布する   戦争正当化論については、
特定の政治信条や   感情論に捕らわれず、当時の情勢を   踏まえ、
史実に基づいて   客観的に   検証する必要がある   と思う。

戦前の日本帝国が、本当に   諸国民の主権を尊重し、その独立を
希求していたのならば、他国領土への派兵は   慎んだはずであり、
そもそも   戦争に突き進む前に、国際社会に対し、植民地の解放を  
繰り返し   働きかけたはずだ。   また、自らの植民地支配を解消し、
率先して   世界の国々に   模範を示していたことだろう。

しかし、実際には   そうした事実は、なかった。  
むしろ日本は   海外派兵を常態化し、他国民の主権を侵し続けた。
そして   「植民地解放」   や   「海外派兵は中止せよ」   などと
主張する者は、例外なく   “危険思想”   の持ち主として、
監視・弾圧の   対象となり、国賊の汚名を被った。

当時の日本帝国に、民族主権の尊重や   植民地解放を目指す志向が
本当に   あったのか、また、多くの命を奪う戦争を起こした目的が
そうした崇高なものだったのか、そして、日本が戦争をしなければ、
植民地解放・独立は   ほんとうに実現できなかったのか――  
それは、20世紀前半の   国際情勢にも照らして   考察すべきだ。

まず、当時の   世界における   植民地政策の情勢に着目してみよう。
事実として、日本軍が   戦争を引き起こすよりも   はるか   以前に
脱植民地化(Decolonization)   の歴史的潮流は、顕在化していた。
それは、早くも   19世紀から、アメリカ大陸において   始まった。

1804年には、中米の   ハイチが   フランスからの独立を宣言し、
ヨーロッパ列強の支配から脱却した   最初の   非白人国家となった。
1808年、ポルトガル最大の植民地だった   ブラジルも独立する。
1811年には、ベネズエラの議会が   スペインからの独立を宣言。
1813年には、パラグアイも   スペインからの   独立を達成した。

1900年代の   初頭までに、アルゼンチン、チリ、コロンビア、
ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドル、
コスタリカ、メキシコ、エクアドル、ペルー、ボリビア、ドミニカ、
ウルグアイ、キューバなどが   次々と   独立を宣言した。
北米でも、カナダが独立に向けて   自治権・外交権を   獲得した。

そして   アジアや   ヨーロッパでも、モンゴル、アフガニスタン、
アイルランド、ネパールなどが   自治権または完全独立を獲得し、
イラクの国際連盟委任統治が解除され、イギリスは租借港威海を
中国に返還し、アメリカが   フィリピンの独立を   約束するなど、
脱植民地化の動きは、確実に   世界的な潮流と   なっていった。

日本帝国が   太平洋戦争に突入する   直前の時期だけに   限っても、
1931年から   41年までの   10年間には、ニュージーランド、
カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが   完全独立を   実現し、
フィリピンも   自由連合州となり、独立を確定的なものとしていた。
さらに、中東のレバノンなども   独立を宣言するに   至っていた。
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