Re: 南京大虐殺-rightwing1400さんへ②
投稿者: yamakarasorakara 投稿日時: 2010/10/02 22:52 投稿番号: [14359 / 14465]
それから、お薦めの元海軍少将高木惣吉
「自伝的日本海軍始末記」は読んではいません。
ただ、高木惣吉が戦前の条約派であり東条英機と対立していたことや終戦工作に動いたことは、米内光政や井上成美のことを調べた時に戦前・終戦時における書物・新聞記事(図書館にある縮小版の戦後回想記など)で知りました。従って彼の考えや行動については、多少は知っているつもりです。
でも、お薦めなので機会があれば図書館で借りて読むかもしれません。
それから(二度目の「それから」ですが)余計なことかもしれませんが、私の今の興味は、周恩来氏の時の「日中国交条約」、訒小平氏の「日中友好条約」を経て、80年代の胡耀邦・趙紫陽時代の日中接近時代に日本と中国で何が起こったかに有ります。
現在の日本と中国、日本と韓国の間に有る問題(歴史問題)はこの時期に大きく取り上げられクローズアップされて、いまだに「喉に突き刺さった骨」のような問題です。
ソ連のブレジネフ、アンドロポフが相次いで死去し、ゴルバチョフが「ペレストロイカ(改革)」「グラスチノチス(情報公開)」を基本方針として大きく冷戦時代が転換時期に入っていこうとしている時期でした。
東西の冷戦時代に変化が生じ始め、日本と中国の間にも「日中友好21世紀委員会の設立」「日中友好四原則」の確立、そして日中間の相互理解を深めるために青年交流事業などの友好関係を築くための具体的な取組が行われました。
そんな時に、これまで特に話題にならなかった「歴史問題」が「何故この時期に」持ち上がったか??
これが今私の興味があるところです。
戦争は悪いに決まっています。戦争では残虐なことも悲惨なことも起こります。「加害者は忘れても被害者は忘れない」と云う気持ちもわかります。でも「俺たちはこう云う悲惨な目に遭った」「いや、お前たちだってそうじゃないか」と言い合っていては先に進まないのではないかと思うのです。
(「南京事件(東京裁判はこう呼ばれていました。「南京大虐殺」と呼ばれ始めたのは1984年以降です)」があれば「通州事件」もありました)
繰り返すようですが、そういった思いから、ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」を挙げて見たのです。
でも、もうそろそろ、私達のレベルでも「何故戦争が起こったか?」「融和に向かう時期になぜ離反する(あるいは離反させる)ようなことがクローズアップされたのか?」ということをグローバルな視点で見つめなおすことが大事ではないかと思っています。
(「私達のレベル」というのは、一般的な言い方のつもりです。Rightwing1400さんがどのような方かわかりませんし、すでにそんなことは分ってると言われかねないので、あなたを含めているつもりはありません。そのような受け取り方をされて不快に感じられないようにお願いします)
最後にあなたからの返事は結構です。もしあなたがレスポンスをされても返事はしません。
あなたとの議論は例をあげつらっての感情的な言い合いになるような予感がします。
そのようなことは私の好むところではありませんから・・・。
ただ、高木惣吉が戦前の条約派であり東条英機と対立していたことや終戦工作に動いたことは、米内光政や井上成美のことを調べた時に戦前・終戦時における書物・新聞記事(図書館にある縮小版の戦後回想記など)で知りました。従って彼の考えや行動については、多少は知っているつもりです。
でも、お薦めなので機会があれば図書館で借りて読むかもしれません。
それから(二度目の「それから」ですが)余計なことかもしれませんが、私の今の興味は、周恩来氏の時の「日中国交条約」、訒小平氏の「日中友好条約」を経て、80年代の胡耀邦・趙紫陽時代の日中接近時代に日本と中国で何が起こったかに有ります。
現在の日本と中国、日本と韓国の間に有る問題(歴史問題)はこの時期に大きく取り上げられクローズアップされて、いまだに「喉に突き刺さった骨」のような問題です。
ソ連のブレジネフ、アンドロポフが相次いで死去し、ゴルバチョフが「ペレストロイカ(改革)」「グラスチノチス(情報公開)」を基本方針として大きく冷戦時代が転換時期に入っていこうとしている時期でした。
東西の冷戦時代に変化が生じ始め、日本と中国の間にも「日中友好21世紀委員会の設立」「日中友好四原則」の確立、そして日中間の相互理解を深めるために青年交流事業などの友好関係を築くための具体的な取組が行われました。
そんな時に、これまで特に話題にならなかった「歴史問題」が「何故この時期に」持ち上がったか??
これが今私の興味があるところです。
戦争は悪いに決まっています。戦争では残虐なことも悲惨なことも起こります。「加害者は忘れても被害者は忘れない」と云う気持ちもわかります。でも「俺たちはこう云う悲惨な目に遭った」「いや、お前たちだってそうじゃないか」と言い合っていては先に進まないのではないかと思うのです。
(「南京事件(東京裁判はこう呼ばれていました。「南京大虐殺」と呼ばれ始めたのは1984年以降です)」があれば「通州事件」もありました)
繰り返すようですが、そういった思いから、ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」を挙げて見たのです。
でも、もうそろそろ、私達のレベルでも「何故戦争が起こったか?」「融和に向かう時期になぜ離反する(あるいは離反させる)ようなことがクローズアップされたのか?」ということをグローバルな視点で見つめなおすことが大事ではないかと思っています。
(「私達のレベル」というのは、一般的な言い方のつもりです。Rightwing1400さんがどのような方かわかりませんし、すでにそんなことは分ってると言われかねないので、あなたを含めているつもりはありません。そのような受け取り方をされて不快に感じられないようにお願いします)
最後にあなたからの返事は結構です。もしあなたがレスポンスをされても返事はしません。
あなたとの議論は例をあげつらっての感情的な言い合いになるような予感がします。
そのようなことは私の好むところではありませんから・・・。
これは メッセージ 14337 (rightwing1400 さん)への返信です.
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