朝日新聞が決める文民統制の定義
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2002/12/30 13:12 投稿番号: [6372 / 28311]
朝日の得意科目、自衛隊です。
■朝日(12月20日朝刊社説)
●統合運用――自衛隊の統制者は誰か
「陸海空の3自衛隊を一つの指揮、命令系統の下に置き、効率的で迅速に動けるようにする。防衛庁の統合幕僚会議が自衛隊の縦割り運用の弊害をなくすことをめざした改革案をまとめた。」
「憲法に沿って、自衛隊が役割を広げることを支持したい。効率的な運用は、自衛隊の規模を抑制的に考えてきた防衛政策の伝統からも好ましい。」
北朝鮮賛美を行い、9万人の在日を地上の楽園に送り出した過去を消し去りたいがために、急速な右傾化でお茶を濁そうとする朝日。制約をいろいろ付けつつも自衛隊の役割拡大に支持を表明しました。なんてことでしょう。日教組の先生方の嘆きの声が聞こえてきそうです。「自衛隊は憲法違反」で貫いてこそ朝日ではないでしょうか。部数を保ちたいがためにまたしても大衆迎合のために主義主張を曲げてしまう朝日に、戦前の大政翼賛の姿が重なって見えてしまうのは私だけでしょうか。
「もっと大事なことがある。自衛隊の一元的な運用ができることで、最高指揮官である首相や防衛庁長官に対する統合幕僚長や制服組の発言力が必然的に高まるだろう。そこで、いよいよ重要になるのが確固とした文民統制である。ところが、現状はお寒い限りだ。」
なろほど、社説前半の朝日らしくない自衛隊の方針支持は、社説後半の現在の文民統制を批判を強めるためだったのです。「Aは確かに正しい、しかし、その前提のBには問題がある」。このような前半否定で後半で問題点を指摘する構文は、批判だけの文章よりもより読者を引きつけ、説得力が増すのです。書き手として、読者には2つの傾向があることを朝日は熟知しています。1つは、イントロは否定より肯定の方うが読みやすいこと。もう一つは、文章中に逆接があると、読者の印象に残りやすいことです。「起承転結」をきっちり守っています。
「文民統制には三つの段階がある。防衛庁内部の文官による自衛隊の管理、首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制、自衛隊の行動に対する国会の監督と承認である。最も重いのが最後の国会の役割であることはいうまでもない。」
今回の社説でもっともすばらしい部分はここです。天下の大新聞、朝日新聞が用語を定義してしまえば、それに対して誰も口を挟むことはできませんし、誰も疑問を持つこともできません。文民統制とは「首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制」です。そのほかの2つの定義は朝日新聞の創作でしょう。
2002年5月の朝日新聞の有事法制反対キャンペーンの一環で、「文民統制の危機」も重要なキーワードとして何度も紙面に登場しました。そこでも防衛庁内の制服と文官(背広)との意見の相違を、「文民統制の危機」として煽っていたことが記憶にある方もいるかと思います。ところが、「防衛庁内部の文官による自衛隊の管理」が文民統制だ、などという法律定義はありません。新聞紙上でも朝日新聞のこの社説以外に見つけることはできないでしょう。文官も、制服組とは着てる服こそ違え、防衛庁内の人間です。同じ組織の人間に文民統制をゆだねるなどと言う枠組みを期待できるわけがありません。着てる服で統制する側とされる側が区別されるのであれば、自衛官は翌日から背広を着ながら演習に参加することでしょう。
「自衛隊の行動に対する国会の監督と承認」も包括的に自衛隊に適用されるものではありませんし、文民統制の本質でもありません。自衛隊の最高指揮官は首相であり、その行動はすべて首相の判断にゆだねられています。自衛隊の出動に国会の承認が必要なのは周辺事態法等の特定の法律で、国会決議が明確に定められた場合です。地域の災害出動に国会承認が必要ないことはご存じの通りです。
「自衛隊の装備や活動は政治が決める。それには、国会と国民が広く情報を共有することが不可欠だ。統合運用の時代 にはなおさらである。」
自衛隊の役割拡大に理解を示してしまったことは、洗脳が完了している多くの読者を混乱に陥れてしまう可能性があります。しかし、文民統制の拡大解釈した定義づけし、最後の結論は「情報を共有」です。情報はすべてマスコミを通して、適当に脚色されながら国民に伝わります。つまり、情報を購読料を払っている読者に伝えるというマスコミの役割が引き続き高まり、朝日新聞の売り上げ・利益につながるわけです。
火のないところにも「文民統制の危機」を煽り、文民統制を拡大解釈。結論は、売り上げ向上のための「情報共有」を求める朝日新聞。マッチにポンプと今日も大活躍の社説でした。
■朝日(12月20日朝刊社説)
●統合運用――自衛隊の統制者は誰か
「陸海空の3自衛隊を一つの指揮、命令系統の下に置き、効率的で迅速に動けるようにする。防衛庁の統合幕僚会議が自衛隊の縦割り運用の弊害をなくすことをめざした改革案をまとめた。」
「憲法に沿って、自衛隊が役割を広げることを支持したい。効率的な運用は、自衛隊の規模を抑制的に考えてきた防衛政策の伝統からも好ましい。」
北朝鮮賛美を行い、9万人の在日を地上の楽園に送り出した過去を消し去りたいがために、急速な右傾化でお茶を濁そうとする朝日。制約をいろいろ付けつつも自衛隊の役割拡大に支持を表明しました。なんてことでしょう。日教組の先生方の嘆きの声が聞こえてきそうです。「自衛隊は憲法違反」で貫いてこそ朝日ではないでしょうか。部数を保ちたいがためにまたしても大衆迎合のために主義主張を曲げてしまう朝日に、戦前の大政翼賛の姿が重なって見えてしまうのは私だけでしょうか。
「もっと大事なことがある。自衛隊の一元的な運用ができることで、最高指揮官である首相や防衛庁長官に対する統合幕僚長や制服組の発言力が必然的に高まるだろう。そこで、いよいよ重要になるのが確固とした文民統制である。ところが、現状はお寒い限りだ。」
なろほど、社説前半の朝日らしくない自衛隊の方針支持は、社説後半の現在の文民統制を批判を強めるためだったのです。「Aは確かに正しい、しかし、その前提のBには問題がある」。このような前半否定で後半で問題点を指摘する構文は、批判だけの文章よりもより読者を引きつけ、説得力が増すのです。書き手として、読者には2つの傾向があることを朝日は熟知しています。1つは、イントロは否定より肯定の方うが読みやすいこと。もう一つは、文章中に逆接があると、読者の印象に残りやすいことです。「起承転結」をきっちり守っています。
「文民統制には三つの段階がある。防衛庁内部の文官による自衛隊の管理、首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制、自衛隊の行動に対する国会の監督と承認である。最も重いのが最後の国会の役割であることはいうまでもない。」
今回の社説でもっともすばらしい部分はここです。天下の大新聞、朝日新聞が用語を定義してしまえば、それに対して誰も口を挟むことはできませんし、誰も疑問を持つこともできません。文民統制とは「首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制」です。そのほかの2つの定義は朝日新聞の創作でしょう。
2002年5月の朝日新聞の有事法制反対キャンペーンの一環で、「文民統制の危機」も重要なキーワードとして何度も紙面に登場しました。そこでも防衛庁内の制服と文官(背広)との意見の相違を、「文民統制の危機」として煽っていたことが記憶にある方もいるかと思います。ところが、「防衛庁内部の文官による自衛隊の管理」が文民統制だ、などという法律定義はありません。新聞紙上でも朝日新聞のこの社説以外に見つけることはできないでしょう。文官も、制服組とは着てる服こそ違え、防衛庁内の人間です。同じ組織の人間に文民統制をゆだねるなどと言う枠組みを期待できるわけがありません。着てる服で統制する側とされる側が区別されるのであれば、自衛官は翌日から背広を着ながら演習に参加することでしょう。
「自衛隊の行動に対する国会の監督と承認」も包括的に自衛隊に適用されるものではありませんし、文民統制の本質でもありません。自衛隊の最高指揮官は首相であり、その行動はすべて首相の判断にゆだねられています。自衛隊の出動に国会の承認が必要なのは周辺事態法等の特定の法律で、国会決議が明確に定められた場合です。地域の災害出動に国会承認が必要ないことはご存じの通りです。
「自衛隊の装備や活動は政治が決める。それには、国会と国民が広く情報を共有することが不可欠だ。統合運用の時代 にはなおさらである。」
自衛隊の役割拡大に理解を示してしまったことは、洗脳が完了している多くの読者を混乱に陥れてしまう可能性があります。しかし、文民統制の拡大解釈した定義づけし、最後の結論は「情報を共有」です。情報はすべてマスコミを通して、適当に脚色されながら国民に伝わります。つまり、情報を購読料を払っている読者に伝えるというマスコミの役割が引き続き高まり、朝日新聞の売り上げ・利益につながるわけです。
火のないところにも「文民統制の危機」を煽り、文民統制を拡大解釈。結論は、売り上げ向上のための「情報共有」を求める朝日新聞。マッチにポンプと今日も大活躍の社説でした。
これは メッセージ 6371 (sagam_2001 さん)への返信です.